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近代有機合成の嚆矢「尿素」と その用途「NOx 還元剤」の解説

分析事業本部 技術部 試験一課  水野 梨花

1.はじめに

化合物は有機化合物と無機化合物の2 種類に分けられる。有機化合物は『炭素原子を基本骨格とする化合物群』と定義される。一方、無機化合物は炭素原子を含まない化合物を指す。

かつて、有機化合物は生命の特別な力によって産生されるものであり、人工的に合成できないというのが定説であった。これが生気説である。この定説を打ち崩したのが、1828 年、Friedrich Wöhler(フリードリヒ・ヴェーラー)による「尿素」合成の発表だ。

Wöhler は無機化合物であるシアン酸銀(AgOCN)と塩化アンモニウム水溶液(NH4Cl aq)を反応させ、シアン酸アンモニウムの合成を試みた。その結果得られた白色結晶状の物質が尿素(NH2CONH2)だったのである。

尿素合成の化学反応式を以下に示す。

AgOCN+NH4Cl → NH2CONH2+AgCl

Wöhler による尿素合成から約200 年、現在尿素は様々な分野で活用されている。その用途は化粧品や肥料、化学原料にとどまらず、環境対策に関わる分野にも広がっており、現代社会を支える重要な物質の一つとなっている。そこで本稿では、尿素という物質の概要と、主な用途の一つである「NOx 還元剤」について解説する。

2.尿素について

2-1.代謝産物

「尿素」という物質名を聞いたことのない人は、ほとんどいないであろう。その名の通り、尿素は我々ヒトの尿に含まれる成分である。

尿に含まれる尿素は、我々が摂取したタンパク質の成れの果てである。我々ヒトの、と先述したが、哺乳類はみな同様だ。タンパク質をアミノ酸に分解し、さらにそのアミノ酸を分解するとアンモニウムイオンが生成する。アンモニウムイオンは毒性があるため、余剰分を無毒な尿素に変換して尿中に排出している。

ちなみに両生類も、余剰アンモニウムイオンを尿素として排出する。鳥類と爬虫類は固体の尿酸(鳥類の糞の白い部分が尿酸である)、硬骨魚類のほとんどは水中で希釈されて毒性が薄まるのをいいことにアンモニアのまま垂れ流している。

これら代謝方法のどれが最も優れているということはなく、それぞれにメリットがある。尿素は無毒、尿酸は排出効率が良い(排出に水をほとんど要しない。1 分子に含む窒素原子の数が尿素は2 つだが尿酸は4つ)、アンモニアは合成の手間がないので余計なエネルギーを要しない。生息環境によって異なる代謝は、生物の興味深い環境適応の痕跡である。

2-2.有機合成物

尿素は工業的にも生産され、上述した通り幅広い用途に使われる、生活に馴染みの深い物質だ。尿素は二酸化炭素をアンモニア2 つで挟んだような構造をしているのだが(図1)、アンモニアのような毒性がなく、刺激臭もなく、水によく溶ける。つまり、アンモニアを利用したいが扱いづらさがネック、という場面で非常に便利なのである。

尿素の用途は数多あるが、そのうちの一つであるディーゼルエンジンの尿素SCR システムに用いる「NOx 還元剤」について述べていく。

図1 尿素

3.尿素SCR システムとNOx 還元剤

3-1.SCR システムに起こる副反応

尿素SCR システムの概要については、ユニケミー技報№ 78 掲載「尿素水 -ディーゼル車NOx 低減の特効薬-」

に詳しいので参照されたい。本稿では、NOx 還元剤の32.5% 尿素水溶液(以下「AUS32」という)の品質要求の観点から、システムに起こる副反応について補足したい。尿素SCR システムの反応を下記に示す。

  1.  尿素分解(1) NH2CONH2 → HNCO+NH3 
  2.  尿素分解(2) HNCO+H2O → NH3+CO2
  3.  NOx 還元    NOx+NH3+O2 → N2+H2O

これらの式だけを見ると、尿素とNOx は最終的に窒素と水だけになってしまう、と思われる人もいるかもしれない。しかし、1. の右辺を見ると、アンモニアと共にHNCO という物質が生成しているのが分かるだろう。

これはイソシアン酸という物質である。このイソシアン酸は加水分解してアンモニアを生成したり(2.)、周囲の尿素と反応してまた別の物質を生成したりする。

排気管の中で起こる反応は、必ずしもNOx 還元に都合の良いものばかりではない。高温の排出ガスで触媒が劣化する、副生成物が堆積して配管を詰まらせる、などのトラブルも起こり得る。

これら種々の予期せぬトラブルを抑制するため、AUS32 は厳しい品質基準を課されている。

3-2.AUS32 品質基準

『JIS K 2247-1:2021, ディーゼル機関-NOx 還元剤AUS 32 − 第1 部:品質要件』が定める品質要件を表1に示す。

表1 JIS K2247-1:2021 品質要件

ISO 22241-1 を基に策定されたこの規格は、AUS32 が含有する尿素の濃度、および製造過程で混入または生じる可能性のある不純物の許容値を定めている。これらの項目について、以降説明を加えていく。

(1)尿素濃度・屈折率

AUS32 は、尿素濃度32.5% を目標値として製造される。これは、最も低くなる凝固点(-11.5℃)の濃度である。

自動車は走り続けているわけではないので、冬季の停車時などにAUS32 もかなりの低温に曝される。凍結したAUS32 は解凍すれば使用可能だが、品質の悪化を防ぐため、30℃以下の温度で慎重に温める必要がある。

AUS32 は精製尿素とイオン交換水のみで製造するため、屈折率で濃度を定量できる。(なお他に総窒素量から定量する試験方法もある。)屈折率とは、物質の中を光が通過する速度が真空と比べてどれだけ遅くなるかを表す指標である。単一物質の水溶液であれば、屈折率はその濃度に応じて変化する。当社では屈折率の測定にデジタル屈折計を使用している。(写真1)

写真1 屈折計

余談であるが、屈折率は、尿素水のみならず、日本薬局方医薬品各条や食品添加物公定書、各種試薬のJIS など様々な規格に規定されている物質の評価に用いられる。当社保有の屈折計は、1.30 ~ 1.66 の範囲の屈折率を測定でき、上記規格で規定されているほとんどの物質を測定可能である。

(2)アルカリ度

AUS32 は常温でも尿素の加水分解反応が進行し、アンモニアが遊離する。アンモニアは水に溶けるとアルカリ性を示すため、AUS32 のアルカリ度を測定すればアンモニアの遊離量を定量できる。

AUS32の試験方法について定めたJIS K2247-2には、「試料中のアンモニア濃度が変化する可能性を考慮すると、試料を3 週間以内に分析することが望ましい。」とある。また取扱い、輸送及び貯蔵について定めたJIS K2247-3にも、保管有効期限切れの密閉容器に入ったAUS32 が使用可能かどうかの判定はアルカリ度の試験のみで十分との記載がある。つまり、アルカリ度はAUS32 の劣化度合いを示す重要な指標なのである。

(3)ビウレット

ビウレットとは、尿素が二量化した構造の白色固体である。尿素とイソシアン酸が反応して生じる。配管の詰まり(デポジット)の主要成分であるシアヌル酸(後述)を生成するほか、ビウレット自身も詰まりの原因になる。触媒上に堆積することもあり、NOx の低減効率を低下させるほか、触媒表面性能も低下させる。

デポジットの原因となり得る、ビウレット以外の尿素由来の副生成物4 種を以下に紹介する。

① シアヌル酸

尿素SCR システムにおける配管の詰まりの主要成分。安定な白色固体であり、 330℃で分解する。互変異性を持ち、エノール型(シアヌル酸)とケト型(イソシアヌル酸)がある。熱力学的にケト型が安定しており、優勢に存在する。
ビウレットとイソシアン酸、もしくはイソシアン酸3 分子が反応して生じる。

シアヌル酸

NH2CONHCONH2+HNCO → (HNCO)3+NH3
3HNCO → (HNCO)3

塩素と反応させた塩素化イソシアヌル酸は、プールの殺菌剤として使用される。

② アンメリド

シアヌル酸の水酸基の1 つがアミノ基に置換された構造。
170℃で分解する。

アンメリド

③ アンメリン

シアヌル酸の水酸基の2 つがアミノ基に置換された構造。
アミノ基が増えた分、アンメリドよりやや安定している。

アンメリン

④ メラミン

シアヌル酸の水酸基の全てがアミノ基に置換された構造。
ホルムアルデヒドと重縮合した樹脂は、食器やスポンジに利用される。

メラミン

(4)アルデヒド

粒状尿素の固化防止剤として、ホルムアルデヒドが添加される場合がある。
ホルムアルデヒドは有害大気汚染物質であり、発がん性もあるとされている。また、アンモニアと反応し、非常に有毒なシアン化水素(HCN)を生成する。この副反応でアンモニアが消費されるため、NOx 還元効率も低下する。

(5)不溶解分

読んで字のごとく、AUS32 に含まれる溶解していない物質である。
高濃度の尿素水溶液であるAUS32 からは、水分の蒸発や低温によって尿素の結晶が析出することがある。不純物が含まれていると、結晶の析出と成長が促進される。
また、尿素SCR システム内でAUS32 を噴射するノズルに詰まりを生ずる恐れもある。
不溶解分は、AUS32 をフィルターでろ過し、残渣の重量を測定して求める。

(6)りん酸・微量成分(Al,Ca,Cr,Cu,Fe,Mg,Ni,Zn,K,Na)

アルカリ金属・アルカリ土類金属・りん等は尿素SCR システムに用いられる触媒を傷め、NOx 還元能を低下させる。

そして銅、亜鉛等もSCR 触媒に悪影響を与える可能性があるなどの理由でJIS K2247-3 にAUS32 と直接接触する装置類の非推奨材料として例示されている。

4.船舶の尿素SCR システム

尿素SCR システムが用いられるのはディーゼル車のみではない。
船舶のほとんどはディーゼルエンジンを採用しており、ディーゼル車と同様にNOx 排出量低減のため尿素SCR システムを搭載している。

NOx を還元する仕組みは同じだが、還元剤として使用する尿素水の規格は異なる。ISO 18611 に記載されている品質規格を表2に示す。

表2 ISO 18611 品質規格

大きく異なるのは尿素濃度であろう。船舶用の尿素水はAUS40 と呼ばれ、40% を目標値として製造される。
これは、船舶のSCR システムが暖かいエンジンルームに近接して設置されていること、海上の気温が比較的安定していることから、凝固点が多少高くても(40% 尿素水の凝固点は0℃程度)問題ないためである。

赤外線吸収スペクトルは、かつてJIS K2247 にも規定されていた項目である。尿素が主成分であるかの定性分析の意味合いがある。ちなみにJIS K2247 の場合屈折率がその役割を十分に果たしており、現行版から削除されている。

5.おわりに

我々の遥か祖先が変異と淘汰の末に手に入れた、無毒かつ水溶性の窒素化合物・尿素。人工合成により近代化学の出発点ともなった尿素が、技術の発展に伴って深刻化した環境汚染を食い止める一助となっている。

地球環境を守るべく搭載された尿素SCR システムが本来の性能を発揮できるよう、当社はこれからも規格に基づいた確かな試験を実施し、尿素水の品質確認に努めていく。

[参考資料]

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5)古畑朋彦, 関直人, 新井雅隆. 高温雰囲気中における尿素の熱分解挙動. 日本機械学会論文集B 編. 2011, 77(781),p.1858-1866.
6)岡耕平, 田口将宏, 大堀鉄平, 石川直也. SCR 触媒の水熱劣化によるNH3 吸着量および反応経路変化のモデル化. 自動車技術会論文集.2020, 51(2), p.268-273.
7)JIS K 2247-1:2021.ディーゼル機関―NOx 還元剤AUS 32―第1 部:品質要件
8)星野貴男. ディーゼル車用尿素水のインフラ構築. 自動車技術. 2006, 60(9), p.50-55. 
9)JIS K 2247-3:2021.ディーゼル機関―NOx 還元剤AUS 32―第3 部:取扱い,輸送及び貯蔵
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20)無垢.AUS40(船舶用尿素水).https://mooq.co.jp/aus40jp (参照 2026-06-04)

Author 水野 梨花Rika Mizuno

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