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尿素水 ディーゼル車NOx 低減の特効薬

1. クリーンディーゼル

 昨年、フルモデルチェンジした人気SUV「ランドクルーザー」にディーゼル仕様が復活して話題を集めました。2050 年のカーボンニュートラルに向けて脱エンジン、脱化石燃料が世界的潮流となり、電気自動車や燃料電池車などの次世代エコカーが耳目を集める昨今ですが、ディーゼル車は依然根強いファンがいるようです。過去約3 年間の国内乗用車販売の内訳(図1)をみても、ディーゼル車は一定の販売比率を保っており、安定した需要があることが分かります。人気の理由は、低回転域の力強い加速感、ガソリン車に比べてCO2(炭酸ガス)の排出量が少ない、エンジンの耐久性があり長寿命、燃費が良くて燃料費も安価で経済的、などでしょうか。しかし、人気のディーゼル車は黒煙が出るなどその排気ガス性状から環境問題との苦闘の歴史を歩んできました。社会的バッシングと段階的に強化される環境関連の自動車法規制のため、ディーゼル車は販売が低迷し淘汰され、市中で走る姿をあまり見かけない時期が長く続きました。しかし今では、メーカーの技術開発により環境性能が向上し、厳しい規制に適合した車が、クリーンディーゼルの呼称で市場を賑わしています。 

 本稿ではそのクリーンディーゼルの環境性能を支える技術である「SCR」と「尿素水」について紹介します。

図1 乗用車販売台数の推移
(一般社団法人日本自動車販売協会連合会ホームページの「燃料別販売台数(乗用車)」にあるデータを集計編集し図にした)

2.環境汚染物質NOx(窒素酸化物)の低減

 環境規制の対象物質は排ガスに含まれるPM(Particulate Matter =粒子状物質)とNOx(窒素酸化物)です。特にNOx は酸性雨や光化学オキシダントの原因ともなり、広範囲に影響を及ぼす環境汚染物質としてよく知られています。
またPM 低減及び燃費とNOx 低減はトレードオフ(相容れない)の関係にあります。燃料を高温で完全燃焼させるとPM が減り燃費が向上しますが、NOx は増加します。逆に低温で不完全燃焼させるとNOx は減らせますが、PM と燃費が悪くなります。この関係がNOx 低減を技術的により難しい課題にしてきました。

 NOx を少なくするシステムに、NOx 吸蔵還元触媒法、エンジンの低圧縮比化などの優れた技術がありますが、NOx還元剤として「尿素水」を用いた「SCR」もその一つです。

3.SCR システムとは

 SCR は、選択的触媒還元(Selective Catalytic Reduction)の略称で、NH3(アンモニア)によりNOx を無害なN2(窒素)とH2O(水)へと還元して排気口から排出するシステムです。火力発電所の排ガスからNOx を除去する排煙脱硝技術として以前から採用されていましたが、近年自動車や船舶への導入が進んでいます。自動車の排気ガス浄化システムとして、2004 年に日本の自動車メーカーが世界に先駆けて大型商用車で実用化に成功し、今では様々なメーカー、車種に採用されています。

 還元剤にアンモニア水や尿素水などがありますが、アンモニア水に毒性があり自動車への積載に適さないため、尿素水が用いられます。システムは、主に尿素水タンク、尿素水添加装置、触媒から構成され、排気ガスの後処理装置として排気系に設置されます。浄化の工程は、次の通りです。先ず尿素タンクから供給された尿素水が添加装置により排気管内へ噴射されます。尿素水は排気ガスの熱により加水分解され、NH3 に変換されます。そして、排ガス中で主にNO(一酸化窒素)やNO2(二酸化窒素)として存在するNOx と触媒上で反応し、無害なN2 とH2O へと変わり排出されます。O2(酸素)とも反応するNH3 が、触媒の機能により選択的にNOx と反応するため、選択的触媒還元と呼ばれます。エンジンの燃焼設定によりPM 低減と燃費向上を図り、そのため増加したNOx を後処理する合理的なシステムで、クリーンな環境性能を実現しています。

 (SCR システムの作動原理を図2 に、基本構成を図3 に示す)

図2 SCR 作動原理
図3 SCR 基本構成

4.尿素水とは

 尿素(CO(NH2)2 /英名UREA)は無色、無臭の結晶で水に容易に溶ける物質です。自然界では主に哺乳類等の尿中に存在し、タンパク質の分解により生成する有毒なアンモニアを肝臓内で解毒し尿素が合成されます。1828 年に初めて人工的に合成された有機化合物としても知られていて、アンモニアと二酸化炭素からの合成が現代の工業的方法の主流です。そして化粧品、医薬品、肥料などに幅広く利用されています。

 SCR にNOx 還元剤として使用する尿素水(尿素水溶液:CO(NH2)2 + H2O)は、尿素を精製水に溶解させて規定濃度に調整した製品です。これは燃料の軽油と同様、走行に伴い消費されるため、随時補給が必要です。その品質は「JIS K 2247-1:2021ディーゼル機関 -NOx 還元剤AUS 32 − 第1 部:品質要件」で厳密に規定されています。規定項目は尿素濃度を始め17 項目あり(表1)、その全てに適合している必要があります。SCR は規格に適合した尿素水の使用により環境性能を発揮します。

表1 品質要件

5. さいごに

 車を取り巻く社会情勢は刻々と変化し、ディーゼル車など内燃機関の行く末は未だ不透明な感があります。このような情勢下、消費者目線での商品構成、環境性能、そして国内産業と技術の維持、これらの並立を目指す自動車メーカーの企業努力には敬服します。

 当社はJIS 規格に則った尿素水の品質確認分析を受託しております。微力ではありますが、理化学分析技術で車の環境性能維持をサポートし、地球環境保護と自動車産業進展の一助となれば幸いです。

[参考資料]

1) 国土交通省自動車交通局技術安全部環境課. 自動車排出ガス規制の強化(ポスト新長期規制)について. 平成20 年3 月25 日. https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha08/09/090325_.html, ( 参照 2021-11-26)
2) 16313 の化学商品. 2013 年版, 化学工業日報社. 2013.
3) 日本化学会編. 標準化学用語辞典. 丸善. 1991.
4) 化学大辞典編集委員会編. 化学大辞典6. 縮刷版, 共立出版. 1963.
5) 柴田正仁. 最新のディーゼルエンジンのPM・NOx 後処理技術. 自動車技術2004, 58(9), p.93-96.
6) 村木秀昭. 排ガス処理システム, 触媒. 自動車技術. 2005, 59(2), p.65-69.
7) 正木信彦, 平田公信, 赤川久. 大型商用車用尿素SCR システムの開発. 自動車技術. 2005, 59(4), p.128-132.
8) 平岡直大. IMO 排ガス規制対応, 船用低速ディーゼル機関対応型SCR 装置の開発. ペトロテック. 2013, 36(2), p.135-140.
9) 福間隆雄. ディーゼル乗用車用触媒と後処理システムの将来像. エンジンレビュー. 2013, 3(3), p.10-13.
10) 国立環境研究所. 環境展望台:環境技術解説, 排煙脱硝技術.2009. https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=33, ( 参照2021-12-1)
11) 国立環境研究所. 環境展望台:環境技術解説, クリーンディーゼル車(CDV). https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detailphp?id=20, ( 参照 2021-12-1)
12) JIS K 2247-1:2021. ディーゼル機関− NOx 還元剤AUS 32 − 第1 部:品質要件
13)日本自動車販売協会連合会.燃料別販売台数(乗用車).http://www.jada.or.jp/data/month/m-fuel-hanbai/(参照2021-11-26)

Author 脇田 勝Masaru Wakita
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