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科学捜査研究所の仕事

技術顧問 製品火災事故調査専門員 木村 巧

1.はじめに

私は大学卒業後、愛知県警察本部刑事部科学捜査研究所に38 年間勤務し、定年退職後株式会社ユニケミーに再就職しました。現在、技術顧問として製品火災事故調査を担当しています。科学捜査研究所(以下「科捜研」という)に勤務していた時、火災や爆発事故の原因調査、画像解析、電子機器の動作解析などを担当していました。私が入所した頃あまり知られていなかった科捜研ですが、今では刑事ドラマで必ず登場するようになりました。しかし、テレビドラマは科捜研職員の主人公が様々な科学機器を使いこなし、時には捜査に参加して事件を解決してしまう等、実像と異なる描き方がされています。そこで本稿では、あまり世間に知られていない科学捜査研究所の仕事について紹介します。

2.科捜研の位置付け

科捜研は、全道府県の警察本部及び警視庁の刑事部に設置されており、証拠物の鑑定を通じて事件解決に貢献しています。刑事部に所属していますが、生活安全部、交通部等の刑事部以外からも鑑定の依頼があります。

科学警察研究所は、警察庁に設けられた研究機関で、高度な科学捜査の研究やそれを応用した鑑定を行います。その科学警察研究所に置かれる法科学研修所は、全国の科捜研職員に定期的な研修を行う施設です。研修を通じて科学警察研究所の研究成果を全国の科捜研に伝達し展開します。

3.愛知県警科学捜査研究所

全国の科捜研には、以下のような部門があります。
 (1) 法医部門:人体から出てくる試料を分析する
 (2) 化学部門:薬物や工業製品を分析する
 (3) 工学部門:火災・爆発の鑑定、銃器や交通事故の鑑定を行う
 (4) 文書部門:文書や印刷物を鑑定する
 (5) 心理部門:ポリグラフ検査を行う
愛知県警は、それぞれを担当する部署を(1) 法医鑑定室、(2) 化学鑑定室、(3) 物理鑑定室、(4)(5) 文書心理鑑定室と呼んでいます。次項でそれぞれの鑑定室について解説します。

3.1 法医鑑定室

法医鑑定室は、犯罪現場から採取された毛髪、爪、骨、血液、唾液、精液等生体資料について血清学的検査やDNA型鑑定をします。また、3 次元顔画像識別も行っています。

① 生体試料の鑑定

生体試料の鑑定では、まず資料がヒト由来か獣由来かの人獣鑑別をします。ヒト由来であれば、血清学的な手法による血液型鑑定やDNA 型鑑定を行います。また、毛髪の形態学的検査による異同識別、骨から性別、年齢、身長等の推定、復顔等を行います。

(注 科捜研は、現場で採取し鑑定嘱託された証拠品を「資料」、供試する資料の一部を「試料」と通例表現します。)


② DNA 型鑑定

DNA 型鑑定は、担当者に科学警察研究所長の資格認定を取得させ定期的な技量検査を受けさせねばなりません。また、分析方法、使用する機器や試薬、検査施設の性能等が、科学警察研究所長から指定されます。

ヒト由来の鑑定資料からDNA試料を抽出し、PCR(Polymerase Chain Reaction)法によって特定領域のDNAを増幅し、フラグメントアナライザーと呼ばれる電気泳動装置により自動分析します。

DNA は、特定の塩基配列が繰り返される部位があり、その繰返し回数が個人によって異なる特徴があります。DNA型鑑定は、その特徴を利用して23 対(46 本)ある染色体上の形質発現と関係のない24 部位(座位)の塩基配列の繰返し回数を解析します。1 対の染色体は、両親から1 本ずつ受け継ぐので、二つの異なる繰返し回数の型が出現します。

フラグメントアナライザーは、塩基配列の繰り返し回数が異なるDNA 断片を電気泳動により分離し、断片の大きさ毎に検出します。24 部位の塩基配列が独立事象であるとすれば、個人識別は、日本人で最も出現頻度の高いDNA 型の組み合わせの場合、約565 京人に一人を見分ける精度です。

③ 3 次元顔画像識別

3 次元顔画像識別は、顔を3 次元計測し、防犯カメラ画像と照合し識別します。防犯カメラの画像は、多くが斜め上方から撮影され正面からの画像が少ないため、よく似た容疑者が判明したとしても同一人かどうかはっきり分かりません。

また、照明による陰影によっても異なる見え方をします。そこで、容疑者の顔を3 次元計測し、そのデータから撮影角度、撮影距離、照明等を考慮して顔画像を再構成し、防犯カメラ等に写った顔画像と比較・照合します。


3.2 化学鑑定室

化学鑑定室では、薬物、毒物・劇物、油類、繊維片・塗膜等の検査・鑑定を行っています。

① 薬物・毒物・劇物検査

覚醒剤、大麻、麻薬、危険ドラッグ等の違法薬物らしき物を所持していたり、摂取したりした可能性のある人物を警察官が見つけると、所持していた薬物らしき物や尿の任意提出を受け、簡易検査を実施します。そして、昼夜を問わず資料が科捜研に持ち込まれ、直ちに検査が行われます。

薬物の検査では、覚醒剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)などで規制される薬物であるかどうか確認します。また、それらを摂取した容疑者の尿から代謝物の検査を行い、摂取の事実を鑑定します。

毒物・劇物の検査では、血液や尿などの生体試料、食品などから検出した青酸化合物・ヒ素化合物、農薬等の毒物・劇物、睡眠薬等と、現場に残されたそれとの異同識別をします。

② 遺留物の成分検査

犯罪現場には、塗膜、繊維、プラスチック片、ガラス片、土砂等が遺留されます。脅迫事件などでは、印刷物や筆記具のインク、紙等が証拠物となります。遺留物の成分検査は、これら遺留物の材質、成分、色調などから製品の特定、参照品との異同識別を行います。その他にも、火薬や爆薬の検査、火災現場資料からの油類の検査、金属類の検査等様々な資料の鑑定を行っています。
そうした検査に、ガスクロマトグラフ、GC-MS、FT-IR、顕微分光光度計、X 線回折装置、蛍光X 線装置、電子顕微鏡等を使用します。

3.3 物理鑑定室

物理鑑定室では、火災爆発の原因調査・鑑定、画像解析、音声鑑定、電子機器の動作解析、銃器の鑑定、機械構造物の鑑定、刃物の鑑定、交通事故鑑定などを行っています。

① 火災・爆発鑑定

火災・爆発の鑑定では、現場に出向して事故前の状態を再現し、原因となるものを探します。そして、それが火災や爆発の原因となるのか分析をします。火災・爆発の原因調査は現場で判断する場合が多いので、担当者に電気、機械、化学などの幅広い知識と事例研究が欠かせません。また、現場に出向しない場合でも火災現場から採取された資料を分析し、火災原因を究明します。

火災・爆発の現場では、消防機関と合同で原因調査をしますが、それぞれの目的が異なります。警察は火災原因に犯罪の可能性が有るか(過失による失火か、故意による放火か)の観点で原因調査するのに対し、消防は火災予防に資するために原因調査をします。

② 音声鑑定

音声は、声の高さ、音の渡り(連続する音韻を発音する際、ある単音から次の単音へ移るための調音の態勢の動き)等に個人の特徴が現れます。音声を周波数分析して横軸に時間(言葉の流れ)、縦軸に周波数を取り、周波数毎の強度を色の濃さで描いたものを声紋といい、前記の個人の特徴が描かれます。声紋は、各種媒体から再生した音声信号がデジタル化され、コンピュータで周波数分析されて描かれます。音声鑑定は、録音された犯行時の音声と被疑者の音声の声紋から個人の特徴を比較し、同一人の音声かどうかを鑑定します。

③ 電子機器の動作解析

電子機器の動作解析は、電子回路の解析、タイミング解析、電圧・電流の測定などを行い電子回路がどのような動作をし、作用するのかを解析します。

例えば、スタンガンという高電圧を発する機器があります。これが発する電圧と電流を測定することにより、人体に使用した場合、どのような傷害を与えるのか考察します。また、回胴式遊技機(パチスロ)に対して不正に大当たりを引き当てる行為をする、体感機と称する器具がありました。体感機の動作解析やタイミング解析を行い、回胴式遊技機にどのように作用して大当たりを引き当てられるのかを鑑定しました。

④ 銃器の鑑定

拳銃の鑑定は拳銃に弾丸の発射機能があるかどうか、薬莢つまり火薬の入った容器及び弾丸からなる実包の鑑定は火薬が正常に燃焼し、十分な威力の弾丸を発射する機能があるかどうかを検査します。銃器使用犯罪では、逮捕された犯人が持っていた拳銃を試射して弾丸を採取し、表面の痕跡を現場弾丸と比較して同一銃から発射されたかどうか鑑定します。犯罪に使用された拳銃は、証拠隠滅のため破壊されたり、水中に遺棄されたりして腐食していることがあります。そのような場合、壊れた部品を作成し腐食部分を除去したりなどして補修し、発射機能の検査をします。

⑤ 機械構造物の鑑定

工事現場等に設置された橋梁などの構造物、建設用の機械、工場の大型機械などを機械構造物と総称しています。

それら構造物の倒壊事故、人身事故等があれば現場へ赴き、倒壊原因や事故原因を調査します。また、壊れた部材を持ち帰って材料に関する詳細な検査をします。


⑥ 交通事故の鑑定

交通事故の鑑定は、主に衝突速度の鑑定です。現場に赴いて道路の状況や自動車の変形状態を観察したり計測したりして、運動エネルギー保存の法則と運動量保存の法則から衝突時の速度を計算します。


3.4 文書心理鑑定室

文書心理鑑定室は、文書鑑定とポリグラフ検査を担当します。

① 文書鑑定

文書鑑定は、手書き文字の筆跡鑑定、印刷物の鑑定、印影の鑑定、偽造通貨の鑑定、抹消文字や筆圧痕の判読を行っています。

手書き文字の筆跡鑑定は、対照資料として鑑定資料に含まれる文字を被検査者に複数回書いてもらい、書字行動の恒常性やゆらぎを見た上で、偏と旁の配置、筆順、書字行動などから同じ筆者の筆跡かどうか鑑定します。印刷物の鑑定は、印刷方法やインクの分析、印刷したプリンタの機種特定を行っています。偽造通貨の鑑定は、紙幣の印刷方法、透かしの状態、マイクロ文字や特殊インクの有無等、貨幣の材質、微細文字、微細点、微細線、潜像の有無等を通貨見本と比較して鑑定します。抹消文字の判読は、筆記具により異なるインクの光学特性を利用して、赤外線や蛍光観察によって行います。また、筆圧痕(重ねた紙に書かれた文字の2 枚目以降の痕跡)の判読は、筆圧痕資料に静電気を帯電させて筆圧による凹凸を顕在化させて行います。

② ポリグラフ検査

ポリグラフ検査とは、いわゆるうそ発見器の検査です。しかし、実際の検査は、うそを言っているかどうかの検査ではなく、事件の内容について認識しているかどうかを検査します。

被検査者に皮膚の電気伝導度、呼吸及び心拍等の生理反応を測定するセンサーを装着します。検査者は、犯人しか知り得ない項目とそれと同じカテゴリーに属するいくつかの項目を何度か順序を変えて質問し、被検査者に全て「いいえ」と返答させます。例えば、机の引き出しから財布が盗まれた窃盗事件で、被検査者に盗まれたと話しているが、どこからかを話していないとします。その場合、「机の引き出しから盗んだ」が犯人しか知り得ない項目であり、同じカテゴリーに属するのが「タンスの中から盗んだ」、「テーブルの上から盗んだ」、「掛けてあった背広のポケットから盗んだ」、「その他の場所から盗んだ」などになります。

犯人でないなら、どの質問に対しても認識は無く、質問に対する生理反応が同じになります。検査者は、質問に対する生理反応を読み取り、犯人しか知り得ない質問項目を認識しているかどうか判断します。

4.終わりに

科学捜査研究所は警察内の組織ですが、鑑定を科学的な結果に基づいて公正中立な立場で行っており、時に捜査側の見立てを否定する場合もあります。鑑定書は、事件捜査の方向性を決めるだけでなく、公判において証拠品として扱われます。その場合、鑑定書が公正に作成されたと明らかにするため出廷して証言を求められることがあります。そのため鑑定は、公判出廷があるのを前提に行い、鑑定資料の取扱について採取から保存、科捜研への搬送、科捜研内での取扱、鑑定の経過、鑑定を終了した資料の取扱などの記録を残し、特に鑑定の経過などを細かく記録して公判出廷に備えています。また、鑑定資料は再鑑定を前提にし、全量消費しません。

科学技術の進化により、犯罪も日々進化していて、警察もそれに対処しなくてはなりません。
科捜研も進化する犯罪に対処する、新たな鑑定技術を開発しています。しかし、その鑑定技術は独りよがりであってはならず、世間から認められていなければなりません。新たに開発した鑑定技術は学会発表等により世間に問い、認められる必要があります。そのため、科捜研職員は鑑定と研究の両輪で日々努力しています。

様々な事件で犯人逮捕のニュースが流れますが、その裏で遺留資料の鑑定あるいは科学的な立証をとおして、犯人逮捕に至る過程に科捜研職員が関わっています。その活動が表に出ることはありませんが、事件解決のために地道な努力を重ねている科捜研の職員がいると一般の方々にも知っていただければ、元科捜研職員としては嬉しく思います。

[ 編集委員会注]
-執筆者略歴-
1980 年 愛知県警察本部 刑事部 犯罪科学研究所(現: 科学捜査研究所)物理科係員として採用
2000 年 所長補佐(物理鑑定室)
2012 年 管理官(文書心理・物理鑑定担当)
2017 年 科学捜査研究所長
2018 年 定年退職
現在 株式会社ユニケミー 技術顧問

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