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火災の原因調査

1.はじめに

 私は、愛知県警察科学捜査研究所(以下:科捜研)の前職時代、火災・爆発の原因調査等に従事してきた。多くは、一般住宅の火災であるが、時に工場等大規模事業所の火災の調査にも携わった。火災は、人の生命・財産を奪うばかりでなく、近年の半導体製造工場の火災のように自動車の生産に支障をきたす等世界的な経済活動に影響を及ぼすこともある。消防白書によれば火災の原因は、放火やたばこが最も多い。一方原因不明の火災も1割強ある。何にでも言えることであるが、原因が分からないことには対策が立てられない。本稿では社会活動のリスクである火災について、その予防に役立てていただくことを目的とし、前職で得た知見を紹介したい。

2.火災原因の調査

 火災の原因調査は、警察と消防が協力して行う。警察は火災の原因究明と責任追及を行うことを責務としているのに対し、消防は火災予防の施策ないし措置の成果を検討し、その是正改善を図って火災予防の徹底に資することを責務としている。火災原因の調査は、火災の予防と犯罪の捜査両方に寄与することとなるため、警察と消防が互いに協力し進める必要がある。
火災原因の調査は、目撃者を探して出火状況を聞いたり、被災者の周辺調査をしたりと、火災の発生と同時に始まる。火災現場の調査は、鎮火後(大抵は火災の翌日)に行う。まずは、原因調査の方針について警察と消防それぞれの情報を持ち寄って打ち合わせをする。火災現場では、外周から物の移動が無いか、戸締りの状況等侵入形跡の有無を調べる。建物の焼損状況から火災の進行状況を見極め、出火部(火災が発生した部屋)を特定する。出火部では、瓦礫や落下物を取り除き、什器等の配置を再現し、出火した状況を推定する。また「発掘」と呼ばれる現地調査により出火原因となり得るものがあれば科捜研に持ち帰り、詳細調査や再現実験なども行う。
 火災の原因調査は、現場で調査してみて初めて分かることもあり、電気や機械、建築、化学等の広範な知識と、色々な火災事例を頭に入れておかねばならない。

3.火災原因の種類

 消防白書に掲載された出火原因別火災損害状況によると、放火そしてたばこを出火原因とする火災が最も多く、それぞれ年間出火件数の1割ほどを占める。一方損害額の大きな出火原因は、電気、例えば電灯電話等の配線や電気機器、電気装置を原因とする火災であって、それらで年間200億円(全体損害額の約2割)を超える。
 そうした出火原因を検討してみると、大別して表1の発火源に集約できる。そして発火源毎に出火件数及び損害額を消防白書(令和2年版:令和元年中のデータ)から集計すると図1及び図2となる。火種の取扱による出火件数が多くそして電気配線・器具による出火の損害額が大きいことが確認できる。

 表1のほかにも考えられる発火源を加えた火災の原因について次に示す。

表1 出火原因と発火源


(1) 電気配線・器具による火災

 ジュール熱または放電によって起こる火災を電気火災という。ジュール熱とは、電流が電気抵抗を流れる時に発する熱で、電熱器具の誤使用のほか、延長コードを束ねたままの使用、たこ足配線、コードの接続不良、モーターの過負荷運転、漏電、トラッキングなどで発生し、火災の原因となる。このうち、トラッキングとは図3に示すような経過を経て絶縁物表面に炭化導電路を生じ、電極間に電流が流れ、発熱する現象である。短絡等に伴うアーク放電では、数千度の温度になり、周囲の可燃物の発火源となる。

図3 トラッキング火災(2)

(2) 燃焼器具

 石油ストーブやガステーブルなど灯油やガスを燃料とする燃焼器具を発火源とする火災である。器具そのものからの出火というよりも誤使用(石油ストーブにガソリンを給油した、ガスコンロの消し忘れ等)が多い。最近は、様々な安全装置がついているので燃焼器具を原因とする火災は減っている。
 そして、昭和30年代までの我が国の主たる家庭用燃料として薪・炭等がかまどや七輪等に使われていた、それらを発火源とする火災もある。ただし、現在ほとんど火災事例が無いが、七輪や薪ストーブなどは現在も使用されているので発火源となる可能性がある。


(3) 自然発火等を含む化学反応

 発熱を伴う化学反応が起こった時、放熱が十分でないと内部に熱がたまり、ますます化学反応が促進され、ついには発火(自然発火)に至る。油を含んだウエス類、塗料かす、揚げかす、セルロイドなどが高温状態に曝されたまま大量に堆積していると自然発火を起こす危険性がある。また、有機過酸化物、ニトロ化合物などの自己反応性物質は加熱分解などにより比較的低い温度で多量の熱を発生し、または爆発的に反応が進行する。出火件数に占める割合は低いと考えられる。

4.火災事例

 発火源の種類別に火災事例を次に示す。


(1)電気火災

エアコンのコードから出火

 ある冬の朝食中、突然エアコンと壁の間から煙が出たため、消火活動をするとともに119番通報した。現場を見分すると、エアコン本体は焼け落ちていたものの内部からの発火の形跡は認められなかった。壁とエアコンの間には、コードが挟まれていたので、それを科捜研で詳しく検査した。その結果、コードは芯線を撚って継ぎ足し、ビニルテープで絶縁されており、撚り合わせ部分に短絡痕が認められた。エアコン設置時にコードが短かったため別のコードを撚って接続して継ぎ足したものと推定された。

図4 出火原因となったコードの接続部 (事例のものではない)

(2)燃焼器具火災

ガソリンの誤給油によるストーブからの火災

 ガソリンスタンドのミスにより灯油と間違えてガソリンが販売された事故がある。消費者は知らずにストーブのタンクにそのまま給油した。ストーブにガソリンを給油してもしばらくは正常に燃焼する。しかし、ガソリンは灯油に比べて蒸気圧が高いので、ストーブの熱でカートリッジタンクの内圧が高まり、タンクの給油口から燃料が押し出される。さらに固定タンクからも溢れ出し、それが引火して火災となる。

図 5 一般的な石油ストーブの構造(3)
(注)ガソリンを誤用したカートリッジ式石油ストーブからの溢油の実験的予測 
Fig.1 The outline of cartridge-type kerosene heater. から一部変更し転載

(3)自然発火

クリーニング工場から出火

 クリーニング工場が終業後、真夜中に出火した。現場を見分すると、タオルの入ったかごの下が強く焼燬していた。タオルは、マッサージ店から回収したものでアロマオイルを含んでいた。また、聞き取ると洗濯し終業直前に乾燥機にかけた後かごに入れ、そのままにしてあったことが分かった。再現実験つまり同種のアロマオイルを浸み込ませたタオルを、恒温槽の中央に設置したステンレス籠の中央に丸めて置き、タオル中心部の温度を測定する実験を行った。恒温槽をある温度以上に設定するとタオル中心部の温度が上昇し続け、自然発火する可能性があると示された。

5.事故情報の公表

 警察は、火災等の事故現場を最初に見て記録できる機関であるが、それらの記録が捜査情報であり、公判で明らかになるまで秘匿する。一方、軽微な火災などは、事件にされず事故事例が埋もれたままになる。時々、許可を得て事例発表されるが、それとて内輪の発表会であり、広く国民に周知されなかった。
 大変悔やまれるが、私が関わった事故も、発生当時に警鐘を鳴らせず、同種事案が多発し犠牲者が何人も出たと後に知った事例もある。
 平成21 年6 月5 日に公布された消費者安全法 第十二条は、警察機関及び消防機関を含む都道府県知事並びに市町村長等が『重大事故等が発生した旨の情報を得たときは、直ちに、内閣総理大臣に対し、内閣府令で定めるところにより、その旨及び当該重大事故等の概要その他内閣府令で定める事項を通知しなければならない』とした。以降、事故情報は消費者庁に集約、分析され、公表されることとなった。警察も再発防止の観点からこの制度に協力し、独立行政法人製品評価技術基盤機構(nite)に情報提供を行っている。事故情報は、niteのホームページから誰でも閲覧でき、企業活動から日常生活まで事故の予防に役立っており、科捜研も製品に起因する疑いのある火災について、同種事案の有無を検索するなど利用している。

6.おわりに

 時代の移り変わりとともに、家庭ではガスコンロに替わりIHが普及し、石油ストーブが床暖房やエアコンに置き換わり、燃焼器具も過熱防止装置など様々な安全装置が付いて発火源となり難くなっている。そのため、火災に対する私たちの警戒心は、年々薄れているのではないだろうか。
 また、化成品や薬品等においてもインターネットで簡単に入手可能となって、混合・混入等により思わぬ化学反応を起こす危険性もあるため、一定の警戒心と化学知識も持ち合わせた上での取り扱いを求めたい。
 当社は工業製品の危険物判定試験、火元周辺に残留した堆積物の成分分析や引火点測定などを、防災と火災原因調査の両面から実施しており、ものづくり現場の支援が可能である。

参考資料

1)令和2年版消防白書(PDF版)附属資料 1-1-4 出火原因別火災損害状況.
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r2/items/part7_section1.pdf(参照 2021-06-12).
2)独立行政法人製品評価技術基盤機構(nite) 注意喚起ポスター 電源プラグのトラッキング現象. https://www.nite.go.jp/data/000004222.pdf(参照 2021-06-17).
3) 岡本勝弘ほか.ガソリンを誤用したカートリッジ式石油ストーブからの溢油の実験的予測. 日本鑑識科学学会誌,6(1).2001.35-42.
Author 木村 巧Takumi Kimura
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