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クラフトジン「宇宙GIN」現ル -ジンの基礎解説とオリジナルジンの紹介-【後編】
第2章 宇宙GIN の開発
前編の「ジンの基礎解説」に続き、本編ではオリジナルジン「宇宙GIN」について、その開発から販売に至るまでの経緯を解説します。
1.アストロノーツウォーター(ASTRONAUTS WATER)
当社の既存商品に「アストロノーツウォーター」があります。アストロ
ノーツウォーターは、種子島の天然の湧水をアルミパウチ充填したミネラ
ルウォーター商品です。(写真1)
種子島の湧水は、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が飲む水(宇宙水)
の原水として使用されました。種子島宇宙センターで精製・充填した宇宙
水は「こうのとり」で国際宇宙ステーションに届けられ、宇宙飛行士の宇
宙生活を支えました。
前述のアストロノーツウォーターは、当社が宇宙水の精製・充填と検査
を担っていた経緯から、宇宙開発の啓発と種子島の広報を目的として商
品化しました。その夢のあるバックストーリーにより、科学館や博物館の
ミュージアムショップ、土産物店などで好評を得ています。
また、あまり知られてはいませんが、種子島の湧水はとても美味しいのです。地下水が豊富で島の至るところに湧水があり、飲用として利用している地域もあります。
種子島の湧水つまりアストロノーツウォーターは、水質分析値を厚生省(現厚生労働省)「おいしい水の水質要件」の味覚に関わる項目で評価すると、4項目全ての要件を満たしています。特に、味に影響する項目の硬度が低い軟水で、まろやかな水であると言えます。(表1)
この美味しくて宇宙へつながる夢のある種子島の水を、より多くの人に知ってもらう方法、商材として挙がったのがジンです。
酒類にもよりますが、お酒は成分の大半が「水」です。
使用する水がお酒の味に影響することは容易に想像できます。数多の酒造メーカーが良質な水源地近くに製造所を設けていることからも水が重要であると理解できます。ジンは蒸溜後に50%前後の加水をして製品が完成します。そこに種子島の水を使えばきっと美味しいジンが出来るはずと考えました。
そしてなにより、宇宙へのかかわりと理化学分析会社が酒造りに携わる斬新さが、活況な市場へのさらなる話題提供になるのではとの期待もありました。
2.オリジナルジン開発プロジェクト
開発プロジェクトは以下の流れで進めました。
(1)商品名・コンセプト検討→(2)レシピ検討→(3)容器仕様検討→(4)製造・テストマーケティング→(5)正式販売
次項以降に各工程の詳細を解説します。
(1)商品名・コンセプト検討
先ず商品名は必然的に「宇宙GIN」に決まります。これは加水に使用する種子島の水「アストロノーツウォーター」の製品背景から自然と着想しました。
そしてクラフトジンにコンセプトは重要です。「宇宙」をテーマにロジカルに検討します。宇宙の語意を漢籍に倣い、「宇」を全ての空間、「宙」を過去から未来に至る全ての時間とすると、宇宙とは時間・空間を貫く真理とも解せます。
そこから、商品名に宇宙を冠するからには、宇宙GIN はジンの真理をシンプルに体現する必要があると考えました。
宇宙GIN の製品コンセプトは「ジンの真理」としました。
(2)レシピ検討
(2)-1. テイスティング
ジン開発の肝は風味を決めるレシピ、ボタニカル(植物の種、果実、葉、花)の選定と配合比の検討です。そのための基礎調査として、市販されているジンのテイスティング(味の鑑定、特徴や品質の評価)を行いました。
国内外多数のジンを対象として、社内で選定したパネラーによりテイスティングを実施しました。パネラーは老若男女、酒豪からお酒の弱い者、ジン好きから苦手な者まで多様に集めましたが、共通するのは当然みなお酒が好きであること。
その味や香りを当社独自の評価基準を設けたテイスティングノートに記録して調
査資料とします。写真2、写真3はテイスティングの様子です。業務とはいえ社内で利き酒をする背徳感も同時に味わいながらの作業でしたが、レシピ策定のヒントとなる有意な情報が得られました。
写真2 写真3 テイスティングの様子
(2)-2. 化学分析
当社主業である化学分析でも市販ジンの評価を行っています。GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)(写真4)を用いて揮発性物質(香気成分)を対象に定性分析を行い、市販ジンの香りの構成について調査しました。それらを代表する5 銘柄の分析結果を図1 に示します。
香気成分は、少ない数種類の銘柄から多い10 種類以上になる結果まで得られました。多くの香気成分を含む、つまり多数のボタニカルを使用して複雑な香りを醸し出すジン。反対に少ないボタニカルでシンプルな香り構成のジン。
図1 GC/MS クロマトグラムと検出物質
写真4 GC/MS
分析結果から市販ジンのレシピがバラエティー豊富であると分かります。
共通して検出される物質α – ピネン(α – Pinene)は、ジンの必須材料ジュニパーベリーの主要な香気成分です。例示したサンプルに限らず、全ての銘柄から検出されました。その濃度差つまりジュニパーベリーの使用量も銘柄により相当な違いがあります。そして新しい銘柄ほどジュニパーベリーを使うのを抑えて他のボタニカルをリッチに配合する傾向がみられました。
(2)-3. レシピ決定
テイスティング評価と化学分析結果を照らし合わせると興味深い傾向が確認できました。ボタニカルの構成でジュニパーベリーが優位、またはシンプルな構成のジンを多くの人が好ましく感じるのです。強烈な魅力は感じなくとも、万遍なく皆ほどほどに美味しいと感じる。
求めるレシピのヒントがジュニパーベリーにありそうです。
ジュニパーベリーの香気成分はα – ピネン、β – ピネン、ミルセン、リモネンほか多数あり、α – ピネンが最も多くなっています。産地や季節による差がありますが精油(植物から抽出した揮発性の油)中に30 ~ 60%程度含まれているようです。α – ピネンは植物等の生体物質の一つモノテルペン系炭化水素で、よく「森林の香り」などと称されます。実際に杉、松、檜などの針葉樹に含まれ、英語のPinene はPine(松)が由来とされます。我々日本人に馴染み深い食材では、春菊やみょうがの香りもα – ピネンによるものです。
α – ピネンの身心への影響については、
- 副交感神経に作用して自立神経の緊張を緩和する
- 心拍数が低下し落ち着きが得られる
- 鎮静効果がありストレス解消と安眠に繋がる
など多くの研究報告がなされています。確かに森林浴のヒーリング効果などは昔からよく言われていて、それを実感している人も多いのではないでしょうか。
我々が飲酒するのは、高揚感とリラックスを求めているからだと考えます。酒盛りで発散し活力を得たり、静かに杯を傾けて身心の緊張を解きほぐす。アルコールが大脳新皮質に作用して高揚感をもたらすことはよく知られています。併せてリラックスも得ようとするなら、α – ピネンはうってつけの処方薬です。ジュニパーベリーが香るジンを誰もが好ましく思うのは、α – ピネンによる癒しを無意識に求めている。その感応がベースにあり、他の香気成分に浸れる。であるならば、ボタニカルをジュニパーベリーのみとしそれを際立たせれば癒し効果は最大となり、誰もが至福感を得られるジンになるのではないか。
そして、ジンの原点は第1 章で触れたとおりジュニパーベリーを主たる有効成分とする薬用酒です。ジュニパーベリーが際立つジンは、(精神的な)薬効を持つお酒としてジンの本質、真理を体現しており、コンセプトにも適います。
宇宙ジンのレシピは「ジュニパーベリーを際立たせたジン」に決まりました。
(3)容器仕様検討
ブランディングとして全体に宇宙をイメージするデザインとしました。(写真5)
写真5 宇宙GIN
(3)-1. ラベルの色
ラベルの基調色は青にしました。
私たちの目に映る宇宙の色は黒で、宇宙全体を平均化するとベージュになるとも言われていますが、成層圏や宇宙から見た地球をイメージして基調色を青としました。この鮮やかな青色に宇宙への希望の思いを込めています。
(3)-2. ロゴ印刷
蓄光塗料を使い暗闇で光る仕様にしました。
これは、手にした方がつくり出した宇宙の黒を連想する暗がりで宇宙GINが発光する。すなわち、私たちと共に宇宙空間をつくりあげることをイメージしています。
(3)-3. ボトル形状
ビンは前述のコンセプトに基づき、際立ったつまり尖ったイメージの角瓶を採用しました。
(4)製造・テストマーケティング
(4)-1. 試験蒸溜
本蒸溜の前に試作品を作り、テイスティングします。試験蒸溜は、写真6
の小型蒸溜器を使います。かつて日本の先駆者茂氏もこのような蒸溜器を使っ
たのでしょうか・・・。
蒸留所の助言でジュニパーベリーのほかにコリアンダーの実を少量混ぜる
ことになります。コリアンダーはレモンのような甘く爽やかな香りが特徴で、
スパイスとして多用されます。またその葉はパクチーの名でよく知られてい
ます。少量の添加が風味を整え、ジュニパーベリーを引き立たせる効果があ
るようです。(写真7 参照)
試作品はとても良い仕上がりになりました。際立つジュニパーベリーの香
りが心地良く、後味が甘く感じるのはアストロノーツウォーターの影響と推
察します。基礎調査と同じパネラーがテイスティングして全員が飲みやすく
て美味しいと回答し、狙い通りの結果となりました。
写真7 ジュニパーベリーとコリアンダー
(4)-2. 本蒸溜・テストマーケティング
試作品の出来栄えを確認した後、いよいよ本蒸溜となります。(写真8 蒸
留所の様子)
本蒸溜した製品でテストマーケティングを実施しました。
購入者からのフィードバックは全て好意的でした。特に「これまでジンが
苦手でしたが初めて美味しいと感じ、ジンが好きになった」など、開発者冥
利に尽きる感想を多くいただきました。
(5)正式販売
テストマーケティングの結果を受けて、宇宙GIN を正式に製造・販売する
ことが決まります。レシピ、容器等の製品仕様はそのまま、フィードバック
を参考にして容量を200ml、500ml、700ml の3 ラインナップとしました。
販売専用のEC サイトを立ち上げ、「酒類メーカー」株式会社ユニケミーの誕
生です。
そして2024 年6月12 日、宇宙GIN はリフトオフしました。
3.おわりに
既存のアストロノーツウォーターは子どもたち向けの商品という側面を持ちます。商品が入口となり水の大切さを知り、日本の宇宙開発と科学技術に興味を持ち、未来の技術者・科学者が生まれるきっかけになれば、という想いがあります。
一方紹介した宇宙GIN は、当然大人を指向する商品です。嗜好品として日常に活力と癒しをもたらすだけでなく、その物語性から宇宙へと想いを馳せ、ロマンと技術立国の意気を喚起します。バー、レストラン、自宅ダイニング、アウトドアなど様々なシーンでそのような効果が少しでもあれば、とても嬉しく思います。
参考文献
1) 日本ジン協会.ジン大全.株式会社G.B.,2019,271p.
2) きたおかろっき.ジンのすべて.旭屋出版,2020,279 p.
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10) 松井直之.ヒノキの香りって、どんな香り?.森林総研.2020,(49),p.14-15.
11) Harumi Ikei, Chorong Song ,Yoshifumi Miyazaki.Effects of olfactory stimulation by α -pinene on autonomic nervous activity.Journal of Wood Science.2016,62(6),p .568-572.
12) 恒次祐子.植物由来の香りが睡眠におよぼす影響の解明.コスメトロジー研究報告.2018,26,p.141-145.
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