- ユニケミートップ
- Uni-Lab(分析技術情報)
- GC-MS 分析 PT 法とHS 法の解説 -紅茶の香り成分分析を事例として-
GC-MS 分析 PT 法とHS 法の解説 -紅茶の香り成分分析を事例として-
1.はじめに
有機化合物の定性分析・定量分析を行える分析装置の代表としてガスクロマトグラフ質量分析計(以下「GC-MS」という)が挙げられる。GC-MSは活用範囲が広く、環境計量証明事業所、各種研究機関、理系大学、そしてものづくり企業の研究開発室など数多くの機関で利用されている。例えば、テレビドラマ「科捜研の女」シリーズの舞台である科捜研(科学捜査研究所)にも GC-MS は設置されていて、違法薬物や毒物等の分析に利用されているようだ。当社は環境分析や水道水分析のような一般的な規格分析の他に、ものづくり支援を目的として食品、製薬、香粧、化成等製造業の研究開発や品質管理に係る特殊分析にも GC-MS を活用している。
GC-MS は、パージ・トラップ法(以下「PT 法」という)、ヘッドスペース法(同様に「HS 法」)、サーマルデソープション法(同様に「TD 法」)、パイロライザー(熱分解)法など異なる試料導入方法があり、分析項目や分析試料、分析の目的により使い分ける。
本稿では、当社が特殊分析で多用する PT 法と HS 法を中心に、具体的な分析事例を挙げてその特徴を解説する。
2.GC-MS の構造
GC-MS は主に前処理とガスクロマトグラフに試料の導入を行う試料導入部、有機化合物を分離するカラムを内蔵したガスクロマトグラフ、定性分析又は定量分析を行う質量分析計の三つから構成される。異なる試料導入部を装着すれば固体・液体・気体などの様々な状態の試料を装置に導入できる。(写真1、図1)
試料導入部: 液体などを気化
カラム:成分を分離
イオン源:分離された成分を分解しイオン化
質量分離部:特定質量のイオンを分離
検出器:質量ごとに分けられたイオンを検出
3.PT 法とHS 法
一般的に GC-MS 分析では水質試料(水を多量に含む液体試料)を装置に直接導入しない。水が、試料導入部から検出器に至るまで様々な悪影響を及ぼす要因となるからである。例えば、気化熱が大きく注入口温度が下がりインサート内の気化にばらつきが生じる、水中に溶存する無機物がインサート内に堆積しゴーストピークの発生や再現性低下に繋がるなどが挙げられる。水質試料中の揮発成分の分析は、アルコールで 10 倍以上に試料を希釈して装置へ直接注入する方法があるが、希釈のため検出下限が高くなってしまう。そこで、PT 法や HS 法を用いる。両法は、ともに排水基準や水道水質基準に定められた揮発性有機化合物(以下「VOC」という)の公定法に採用されている。前述の通り PT 法と HS 法は試料導入方法が違い、分析対象試料や検出下限などが随分と異なる。次にその違い及び特徴を解説する。
3.1 HS 法
HS 法は、容器に気相(ヘッドスペース)を残して試料を入れ密栓し加熱すると、成分が揮発しやがて平衡状態になるので、その気相の一部を GC-MS に導入し分析する。(図2)
適用例として『JIS K 0125 5.2』そして『厚生労働省告示第261 号 別表第 15』などに基づく水中の VOC 分析がある。例えば体積約 20 mL の容器に 10 mLの水試料と塩化ナトリウム 3 g を加えて密栓し、温度 60 ℃で 30 分加熱する。塩化ナトリウムは塩析により有機成分を揮発しやすくするため加える。加熱温度は室温から 100 ℃まで可能であるが、100 ℃付近の場合水蒸気の割合が大きく有機成分が小さくなるため 60 ℃にする。試料の量も容器の半分の 10 mL 程度を基本とする。
HS 法は気相を導入するため装置汚染が少なく、試料の種類を選ぶことも少ないため、定性分析にも利用できる。
3.2 PT 法
PT 法は、試料を不活性ガス(N2:窒素ガス)でバブリングつまり送気して気泡を発生させ、揮発性成分を液中から気相へ強制的に追い出し(パージ)、トラップ管で捕集・濃縮後に脱着し GC-MS に導入し分析する。(図 3)
適用例として『厚生労働省告示第 261 号別表第 25』に基づくカビ臭物質分析がある。例えば試料を満たした容器(約 44mL)から 5mL 又は20mL を装置に導入する。HS 法と異なり塩析がなくても高感度で成分を検出できる。また、強制的に揮発性成分を液相から追い出すため沸点が高くても検出できる。
PT法は試料を直接導入するため装置汚染の可能性がHS 法より高く、適用できる試料が限定される。揮発したガスをトラップ管へ濃縮後に GC-MS へ導入するため HS 法より導入量が多く、低濃度成分を検出可能である。
4. 分析事例
4.1 同一試料による HS 法/ PT 法比較
筆者が愛飲するペットボトル紅茶のアールグレイティーを分析試料として、HS 法及び PT 法を用いて成分の定性分析を実施した。アールグレイティーはオレンジの一種であるベルガモットの精油や香料で柑橘臭を付けた紅茶である。両分析に使用したアールグレイティーは同一容器内から採取しており、無果汁(果汁 5 % 未満)・無糖で香料の添加が明記されている。分析は水中のVOC及びカビ臭物質の分析条件を応用した。
PT 法の分析結果を図4、HS 法の分析結果を図5 に示す。
< PT 法>
PT 法は、検出物質のほとんどが天然化合物であり、特にベルガモットの香りの主成分であるリナロール (10) が検出されているのが特徴的な結果(図4)である。なお文中括弧内の数字は化合物の図中の番号を示す。他に天然化合物の検出物質としてエタノール (1)、アルデヒド (2 ~ 4)、エステル (6)、テルペン系炭化水素 (5,7 ~ 9) やテルペノイド (10 ~ 16) などがみられる。
テルペンはイソプレンを基本構造とした物質で多くの植物性精油の主成分である。その誘導体はテルペノイドと総称され、いずれも芳香がある。
< HS 法>
一方、HS 法(図5)は、PT 法で検出された (12) 以降の化合物である沸点 210℃~245℃のテルペノイドを確認できない。これは試料導入法の違いが原因と考えられる。前述の通り PT 法は強制的に揮発性成分を液相から追い出すため高沸点成分を検出できるのに対し、HS 法は自然気化分を対象とするため、検出されなかったと考えられる。
もう一つの要因として、HS 法はアルコール類を検出しにくいことが挙げられる。OH基を含む化合物は溶解度が高く、気化により気相に移行する量が少ないためである。
以上の比較分析から、同じ試料であっても分析方法が異なれば検出物質に明確な差が得られると分かる。また、本事例の検出下限は HS 法が0.01ppm、PT 法が0.005 ppm であった。HS 法はおよそ使用した装置の限界だが、PT 法は装置設定を変えれば更に 1/50 まで検出可能で、下限が0.0001 ppm となる。組み合わせる GC-MS の性能にもよるが、HS 法と比べて PT 法はより低濃度の物質を確認可能である。
4. 2 PT 法による 2 試料(アールグレイティー/オレンジアールグレイティー)比較
前述のアールグレイティーと同一メーカー、同一ブランドでオレンジアールグレイティーという商品がある。
アールグレイティーはオレンジ系柑橘臭のする飲料であるが、オレンジアールグレイティーは何が違うのか。試飲してみると、商品名のとおりオレンジアールグレイティーの方がオレンジの香りを強く感じられた。この2 種類の紅茶の香り成分にはどのような違いがあるのか PT 法を用いて分析した。
オレンジアールグレイティーの PT 法の分析結果を図6 に示す。
図4 のすべての検出物質 (1 ~ 16) が図6 でも共通して検出されたため、ベースとなる紅茶の香気成分は図4と同じと判断する。図4 と図6 を比較すると、後者のみに確認できる検出物質(17 ~ 22) が存在する。それらの成分が強いオレンジ臭の原因と考えられる。検出物質 (17 ~ 22) は、酢酸エチル (17)、酪酸エチル (18)、n- デカナール (19)、β – コパエン (20)、バレンセン (21)、カジネン (22) である。
オレンジは、精油の主成分がテルペン系炭化水素、そして香気の主成分がアルデヒドなどの含酸素化合物とされる。1) また、香気成分は品種によっても異なり、温州みかんにアルコールが多く、オレンジにエステルとアルデヒドが多くなる。そのように柑橘類の香気特性は酸素含有成分の種類に由来する。2)
以上から、今回分析したオレンジアールグレイティーはβ – コパエン (20)、バレンセン (21)、カジネン (22) といったオレンジ精油由来と考えられるテルペン系炭化水素に加え、酢酸エチル (17)、酪酸エチル (18)、n- デカナール (19) といったエステルとアルデヒドが加わり、オレンジの香りが引き出されていると推察する。
5. 分析方法のまとめ
直接注入法(試料を装置に直接導入する方法)と HS 法及び PT 法の特徴を表1 にまとめた。
6.さいごに
水道水や環境水・工場排水・土壌等の環境試料を対象に法定分析を行う場合、JIS や告示、省令などの公定法に従い分析すれば正確な分析結果が得られる。しかしものづくりに係る特殊分析そして環境分析でも臭気や着色の原因を調査する場合などは事情が異なる。分析の目的、試料の種類、目標精度に応じて適切な分析機器や分析条件を検討、選定しなければ期待する正確な結果が得られない。当社は創業以来多くの特殊分析を受託し様々な知見を蓄積しているため、ニーズに合わせたオーダーメイドの分析提案が可能である。
また当社が 2022 年に導入した最新機種の PT 法 GC-MS は、内部標準の自動添加、短時間での装置安定、ブランク試料不要(洗浄液をブランク試料として使用)等の機能を備える。それらの機能は作業工数の減少に繋がり、短納期の特殊分析や多試料の環境分析をも対応可能にした。
一品一葉の特殊分析から一般的な法定分析、規格分析まで、GC-MS を用いた分析要望があれば気軽にご相談いただきたい。
引用文献
1) 伊福靖. オレンジの香気成分と利用について. 日本食品工業学会誌. 1979, 26(1), p.48.
2) 荒木忠治, 伊藤修, 榊原英公. オレンジ果汁香気成分の加熱による変化. 日本食品工業学会誌. 1992, 39(6), p.479.
皆様の記事の内容や分析に関してのコメントをお待ちしております。
※皆様から投稿いただいたコメントは公開させていただいております。
※弊社へのお問い合わせ(非公開)についてはこちらのフォームよりお願いいたします。
※は必須項目ですので、必ずご入力ください。
RANKING 人気事例ランキング
-
1
-
2
-
3
-
4
-
5