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理化学分析の基礎知識 -環境分析編- 環境水分析

環境水の分析

(1)循環資源としての水

 国土交通省の「令和2年版 日本の水資源の現況」によると、日本の降水量は図1のようにおおよそ6500億m3あり、使えない蒸発散を除き4200億m3が水資源賦存量即ち使用可能な水量となっています。そして私たちは、その約2割793億m3を河川水又は地下水から取水して利用しています。

 取水した水は、水田灌漑用や畜産用等の農業用水、ボイラー用そして原料用、洗浄用などの工業用水、飲料水や調理、洗濯用ほかの家庭用水、飲食店などの営業用、更に事務所、消火用等の都市活動用水として利用します。図2のとおり7割弱が農業用水、約1割強が工業用水、2割弱を家庭用及び都市活動用を合わせた生活用水としています。

 さて農業用水は、ご存知のように、河川の上流から取水し灌漑した後、再び川に戻された水を下流でも取水する再利用を永年してきました。更に工業用水は、560億m3と農業用水を上回る水量を使いますが、前述の取水量110億m3を差し引いた量、つまり使用量の約8割が回収再利用水です。一方水道水も、淀川や利根川などで上流から下流にと順に、水道利用と下水排出による言わば反復利用(開放型循環)が行われます。

 水は、有限資源の一つに過ぎません。地表と海面から水の蒸発、生じた雲から降雨と降雪による地表への落下に至る一連の循環は、専ら太陽から得た放射エネルギーに依存しています。地球は、一つの閉鎖系です。太陽から届くエネルギーを除き、地球の全ての資源は有限です。

 私たち人間の活動の結果生じた廃棄物などは、環境に放出された後多くが自然の循環システムに乗らず、問題を発生させてきました。生態系は、一旦取り込んでしまった有害物質などをなかなか取り除けず、結局人間にも影響を及ぼします。私たちが将来にわたり水を持続的に利用するため、収支バランスを超える水の使用そして浄化能力を超えた水の汚染を避ける必要がありましょう。

図1 降水量と使用水量 (数値は1986~2015 年の平均)
図2 使用水量の内訳(数値は図1 と同じ)

(2)水質環境と法規制

 高度成長期の公害とその抑制を経て1980年代に至ると、地球温暖化、オゾン層の破壊、生物多様性の問題、熱帯林の破壊などを含む深刻な地球環境問題が発生してきます。その問題に対応するため、いくつかの国際会議が開かれました。例えば1992年にブラジルのリオ・デジャネイロで開催された「環境と発展に関する国連会議(地球サミット)」が代表的な会議です。他方汚染源の規制等を行い公害に対応できた従来と異なり、環境負荷が通常の事業活動や日常の生活により集積し発生するようにもなりました。

 そうした地球環境問題による国際的な背景及び変質した環境問題に対応しようと、目的を公害対策から地域ひいては地球の環境保全とし、基本理念のもとさまざまな施策を総合的かつ計画的に進める環境基本法が1993年制定されました。環境基本法は、規定する環境保全に大気、土壌のほか水質環境も含みます。

 そして更にその約20年後の2014年、環境の面だけでなく日本の水について初めて統一した考え方を示す、水循環基本法が公布されました。その成立まで、地下水を含む日本の水全体に関する法律はなかったのです。水循環基本法は、健全な水循環の維持と回復による、経済社会の健全な発展と国民生活の安定向上に寄与を目的とします。水の役割が人の活動にも環境保全にも適切に保たれた状態で水が循環されるのが、健全な水循環です。

 ただ水循環基本法が制定されそれぞれの考え方が統一される方向に向かうとはいえ、今のところ法令は、治水を目的とする河川法、砂防法など、そして利水の観点から水資源開発法、水道法など、水質保全や自然環境の点から水質汚濁防止法、自然公園法など、対象領域毎に規制を加えています。

(3)環境基準と水質保全対策

 環境基本法第16条第1項に基づき政府が定めた環境基準は、人の健康を保護し生活環境を保全するうえで維持が望ましい基準です。環境基準は、環境汚染を抑制する目標値そして望ましい環境を維持するため施策の目標値です。その意義は、人の健康等を維持する最低限度でなく、より積極的に維持が望ましい目標としてその確保を図ろうとすることにあります。

 水質の環境基準は、河川及び湖沼、海域の公共用水域について「水質汚濁に係る環境基準」(昭和46年環境庁告示第59号)及び「地下水の水質汚濁に係る環境基準」(平成9年環境庁告示第10号)の二つに定められています。前者は人の健康の保護に関する環境基準(略して「健康項目」といいます)及び生活環境の保全に関する環境基準(同様に「生活環境項目」といいます)の二つを定めます。後者は健康項目の基準だけを定めます。

 健康項目の基準値は、基本的に飲用による健康被害発生の観点から定められ、水道水の基準を準用します。従って水道水質基準が改正されると、環境基準も多くが追従します。水質汚濁の環境基準を参考1に示します。そして地下水の水質汚濁に係る環境基準を参考2に示します。

 水質保全対策は、主に工場・事業場の排水規制つまり公共用水域へ排出する汚水の許容限度の規定ほかによる規制、及び生活排水対策から構成され、環境基本法の下位法である水質汚濁防止法に定めがあります。大都市河川に排出されるBODに生活排水が占める割合は、1970年代が4割であったのに対して1990年代が8割に増えたとされます。水質保全対策は、生活排水対策が今後の課題と考えられます。

(4)水質環境の現状

 水質汚濁防止法第15条に従い、都道府県知事は水環境の変化の継続的な把握と対策のため、公共用水域と地下水の水質汚濁の常時監視つまりモニタリングをします。この常時監視の結果は環境大臣に報告し公表されます。その公表された環境基準達成率から、公共用水域の現状の水質が判断できます。高度成長期に発生した水質汚濁は、公害規制により全般的に改善されました。とは言え湖沼や閉鎖性海域の環境基準の未達成水域があり、生活排水及び非特定汚染源による汚染が課題となっています。

 令和3年版環境白書によると水質汚濁は、健康項目の環境基準達成率が2019年度99.2%であり、ほとんどの地点が環境基準を満たしています。一方生活環境項目のうち有機汚濁の指標であるBOD/CODの達成率が、河川94.1%、湖沼50.0%、海域80.5%となり、湖沼が依然として低い結果です。更に全窒素及び全りんの達成率は、湖沼49.2%、海域91.4%と湖沼が低くなっています。

 地下水質は、調査対象井戸3191本のうち6.0%の191本で環境基準を超過する項目があります。硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素の超過率が3.0%と高く、過剰施肥そして不適正な家畜排せつ物及び生活排水の処理等が原因と考えられます。主に事業場が汚染源である揮発性有機化合物も、依然として新たな汚染が発見されています。

(5)環境水と分析

 前述のとおり水は、工業用水、農業用水、生活用水に使われます。水資源とその水質を考える場合、これまでと同様に飲料水が評価の物差しとなるのは間違いありません。人の活動と自然保全の両立を維持する現在の水処理技術の中核は、自然由来の有機汚濁物質の除去が主体の下水処理、そして懸濁物質を除く浄水処理、そして1970年ごろから開発された公害処理技術です。前述の有機汚濁物質の環境基準達成率の改善が進まないのは、現在の処理法で合成有機化学物質の除去が難しいこと、及び難分解の合成化学物質の規制が進まないためとする説もあります。環境基準は、大半が水道水質基準に基づき設定されていますが、将来項目が増えかつ厳しくなる可能性もあります。

 ちなみに環境水の分析方法の発端も基本的に同じです。分析方法は、基準の適否の判断のため、同一の試料を分析した場合同じ結果となるそして基準値が十分測定可能な方法を、公定法として定めます。モニタリングなど環境水の分析は、前述の昭和46年環境庁告示第59号及び平成9年環境庁告示第10号の二つの告示に方法が定められています。その告示に定められた方法を、参考1及び2に示しました。

 循環する水の安全性及び環境保全から、これまでに培われた技術に留まることなく、有機化学物質や農薬等を始めとする微量汚濁物質の浄化そしてその分析の技術、更に循環利用を進める技術などが要るはずです。廃棄物管理と併せて、上下水道、産業排水、生活用水等の処理を、水循環施設として整備する考え方が必要でしょう。つまり水循環の観点からそして持続可能な未来を築くため、半世紀前を起点とする二つの告示に記載された環境基準及び分析の方法そして処理の方法は、更に進化が求められていくでしょう。

参考1 水質汚濁に係る環境基準


 昭和46 年環境庁告示第 59 号「水質汚濁に係る環境基準について」

参考2 地下水の水質汚濁に係る環境基準


 平成9 年環境庁告示第 10 号「地下水の水質汚濁に係る環境基準について」

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