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熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析による高分子材料の材質判定
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1.はじめに
樹脂やゴム等の高分子材料の材質を判定する手法として、FT-IR 法(フーリエ変換赤外分光光度法)や熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法が挙げられる。FT-IR 法は、赤外線吸収を利用して高分子(ポリマー)にある官能基(ある性質を示す構造の部分)の情報を得る。一方熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法は、高分子を構成する最小単位(モノマー)の情報が得られる。
FT-IR 法は高分子を構成する官能基から分子構造を推定するため、官能基でない例えばアミド結合間の炭素数が異なる樹脂や側鎖の異なる樹脂の判別が難しいとされる。加えて、添加剤を含む高分子材料の場合、高分子と添加剤由来の吸収が重なり、更に判別が困難になる。一方、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法は、モノマーの情報が得られるため、FT-IRが判別困難な高分子材料でも明確に分析できる。
本稿では、当社で分析した様々な樹脂の実測データを用いて、高分子材料の分析に有効な熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法について紹介する。
2.熱分解とは
2.1 熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法
高分子を加熱すると、酸素が存在すれば燃焼し主に二酸化炭素と水を生じる。一方無酸素下の場合、高分子は構成分子に分解されてより小さな分子を生じる。つまり無酸素で加熱した場合、いわば鎖状の高分子が熱により一つの環又は数個の環ほかにバラバラに分解される様子を考えてよい。熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法は、無酸素下の熱分解により生成するそうした小さな分子を分析して、高分子の組成を明らかにする手法の一つである。
この手法は、熱分解装置とガスクロマトグラフ及び質量分析装置を組み合わせた、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析計を利用する。熱分解装置は、試料を高温の炉に導入し熱分解生成物を得てガスクロマトグラフに送り込む。ガスクロマトグラフは、分離装置であり送り込まれた試料を成分毎に分別分離する。質量分析装置は、ガスクロマトグラフが分離した成分毎に質量を求め、成分の分子量や構造の情報を出力する。
2.2 高分子の熱分解
高分子は、多くの場合前述のように鎖の形に例えられるが、直線状の鎖即ち直鎖の高分子と、その主鎖に枝のついた枝分かれつまり側鎖のある高分子、そしてほかに網目状に鎖の繋がった高分子などが存在する。
高分子の熱分解は、非常に複雑であり分子構造や加熱条件によって大きく変化することが知られている。ポリエチレンやポリスチレンなどのラジカル重合系高分子の場合、主鎖または側鎖が開裂しつまり切れて分解が進行すると考えられている。主鎖の開裂による分解は、その部分から順次モノマーが外れていく解重合型と、主鎖の開裂が統計的に進行するランダム開裂型に区別され、両者が競合した機構で進む。例えばポリスチレンの熱分解は、主鎖の開裂によりラジカル重合の逆反応のごとく解重合し、鎖の一つの環であるモノマーそしてダイマー(2 量体)、トリマー(3 量体)等を生成する(図1)。
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ポリエステル等の縮合重合系高分子の場合、熱分解によって不規則で多数の分解生成物が生成する(図2)。
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そのような無酸素下の熱分解を利用した場合、高分子の構造により決まる分解生成物を評価すれば、元の構造を推定できる。
熱分解(pyrolysis:パイロシシス)させてその生成物をガスクロマトグラフ(GC)を利用して分離し、得られた分析結果であるクロマトグラムをパイログラムと言う(図3)。パイログラムを評価すれば、未知の高分子材料の定性が可能となる。
3.装置の構成
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(注)フロンティアラボ 熱分解GC/MSの基礎Fig.6熱分解GC/MSシステム図から 一部変更し転載
写真1 装置外観 写真2 試料カップと熱分解装置
構成を図4 に、装置外観を写真1、写真2 に示す。ガスクロマトグラフ質量分析装置の試料導入口上部に熱分解装置を取り付けてある。試料を熱分解装置に導入し、不活性ガス(He)下で加熱して得られた分解生成物は、ガスクロマトグラフ(GC) の分離カラムを経て質量分析装置(MS) へ達し、パイログラム及びマススペクトルが得られる。
4.分析事例
以下、一般的で馴染み深い2 種類の樹脂、ポリアミド(PA/通称:ナイロン)とポリエチレン(PE)
の分析事例を紹介する。
4.1 ポリアミド(PA)
2 種類のポリアミド、PA6 (通称:ナイロン6)とPA6/12 のFT-IR スペクトルをそれぞれ図5、図6 に示す。炭素数の異なるポリアミドのスペクトルは酷似しており、判別が困難である。
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図7 にPA6 のパイログラムを示す。モノマーであるε-カプロラクタムが検出されるためポリアミド6/12 と区別され、ポリアミド6 と判定可能である。
4.2 ポリエチレン(PE)
ポリエチレンは、密度の違いにより高密度ポリエチレン(HDPE) と低密度ポリエチレン(LDPE)に分けられ、用途に応じて使用される。密度の違いは構造の違いに起因し、低密度ポリエチレンは高密度ポリエチレンに比べて側鎖の数が多いとされる。
図8、図9 にそれぞれのFT-IR スペクトルを示す。いずれも同等のスペクトルとなり、差異を示す低密度ポリエチレンの側鎖に由来するC-H 吸収が明確に認められない。そのためFT-IR 法では判別が難しい。一方、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法のパイログラムを比較すると、低密度ポリエチレンから、高密度ポリエチレンに見られないピークが認められる(図10、図11)。これは、低密度ポリエチレンの側鎖によると推定される。
このようにFT-IR 法が判別の難しい密度の異なるポリエチレンを、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法は容易に判別できる。
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5.反応熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析 -誘導体化試薬を用いた分析-
ポリエステル等の縮合重合系高分子を熱分解した場合、不規則な分解物が生成して、通常の熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法では評価が困難である。そこで、誘導体化試薬を共存させておいて熱分解を行うと、規則的な分解生成物が得られ、材質評価が可能となる。つまりある試薬(誘導体化試薬)と反応させて、容易に分解するなど不安定な化合物を安定化したり、検出し易い化合物に変えるなどの処理をすると、分析が可能になる。これを誘導体化と称し、それによる方法を一般に「反応熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法」と言う。以下、誘導体化試薬を用いた事例を2 例紹介する。
5.1 ポリエチレンテレフタレート(PET)
誘導体化試薬を加えないで得られたパイログラム(図12)は、不規則な熱分解生成物が並び、分解前の分子構造の解析が困難である。対して、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)等のエステル化試薬の共存下で熱分解すると、エチレングリコールやテレフタル酸のメチルエステル化物等の分解生成物を得られる(図13)。それらは、縮合重合反応する前の反応物(図14)を容易に想起するため、PETと判定できる。
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5.2 ポリアミド6/12(PA6/12)
誘導体化試薬(TMAH) を共存させずに得たパイログラムは多数のピークがみられ解析できない(図15)。対して、誘導体化試薬を共存させると規則的なパイログラム(図16)が得られ解析が可能となる。主な2つのピークはドデカン二酸ジメチルやPA6/12 のダイマーに由来し、縮合重合前の反応物(図17)との相似性からポリアミド6/12 と容易に推定できる。
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6.おわりに
熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法を利用し、ポリアミドの種類及び高密度・低密度ポリエチレンの識別とポリエチレンテレフタレートを同定した事例を紹介した。熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法から得られる分解生成物の情報は、元の高分子構造を反映する。FT- IR 法が識別困難な材質調査でも、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法により可能となる。紹介したポリアミドやポリエチレンの他にも、微小ゴム片の材質判定に有効で、異物調査や製品研究に役立つと考えられる。
参考資料
1) フロンティア・ラボ. “技術情報:熱分解GC/MS分析の基礎”. フロンティア・ラボホームページ. https://www.frontier-lab.com/jp/technical-information/methodology/part3/, (参照 2021-06-01)
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