ユニケミーについて TOP

樹脂メッキ品の表面異常 と分析手法 – 電子染色-

電子染色後のABS樹脂

1.はじめに

 近年、パソコンやプリンタなどの事務用機器をはじめ、冷蔵庫や炊飯器などの一般家電、自動車や眼鏡などの生活必需品に至るまで、私たちの身の回りのあらゆるところで樹脂が使用されている。そして一見金属のように見えてしまう、加飾めっきを施した樹脂製の部品も少なくない。軽量で加工やめっき処理が容易であり、耐酸・耐アルカリ性が優れるため、従来金属が使用されていた部品の多くが樹脂製品に取って替わっている。

 当社は、高分子材料の内部微構造を電子顕微鏡で観察するため、電子染色装置を昨年度に導入した。その分析事例と概要を説明する。

2.樹脂製品の不良と解析

 樹脂製品のめっき不良は外観に異常がみられるため、多くの場合外観検査工程で検出される。その不良は、めっきの膨れや凹み、剥離、変色といったケースがほとんどである。筆者が分析業務で携わった事例を図1にまとめた。

 明らかな付着や表面の変色を除き、不良原因の特定はほとんどの場合断面からの観察が有効である。ボイドや異物の混入が原因の場合、顕微鏡による形態観察そして元素分析により異常の発生位置(層)や成分が把握できるため、発生工程やその原因を容易に把握できる。しかし、母材やめっき層で発生した異物やボイドが見当たらない場合、発生工程をある程度絞り込めるが、真因に迫るのは難しい。

 母材が原因の不良も同様である。しかしその場合電子染色に適した一部の高分子材料は、異常部直下の微構造を確認するため、電子染色後に電子顕微鏡観察を行う。電子染色に適し、かつ日常よく目にするABS 樹脂を例に次節以降説明していく。

3.基本情報、歴史

 ABS 樹脂は、呼称が原料のアクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの頭文字ABSに由来する。性質の異なる高分子材料を複数組み合わせ、各々の特徴を併せ持つポリマー複合体( ポリマーアロイ) の一つである。その相状態は、剛性の高いAS( アクリロニトリル―スチレン共重合体) 相にゴム成分であるポリブタジエン粒子が分散した構造(海島構造)そしてマクロ相分離の構造である。一方、高分子材料により、上掲のマクロ相分離のほか、相が重なる構造(ラメラ構造)やシリンダー状の構造(ヘキサゴナル構造)そしてミクロ相分離の微構造となる。

 ABS 樹脂上への代表的なめっき方法は、

 (1) 化学エッチング:表面親水化や開口部作成(硫酸やクロム酸などの混酸)

 (2) 感受性化処理:活性化処理の前処理(塩化第一スズなど)

 (3) 活性化処理:触媒の付与(塩化パラジウムなど)

 (4) 化学めっき:めっきの生成(フェーリング・ホルマリン溶液など)

 (5) 電気銅めっき:めっき厚みの調整(硫酸銅など)

 (6) 仕上電気めっき:装飾または機能性の保持(ニッケル・クロムなど)

等の工程を経る。その中でも、化学エッチングはABS 樹脂中のポリブタジエン粒子を溶解し表面付近に微細な開口部を形成させる。この開口部にめっきが入り込み、アンカー効果でめっきの密着性を強固にしている。(この機械的な密着以外にも、ABS 樹脂の感受性化処理や活性化処理による官能基が要因となる説もある。)

 高分子材料は軽元素(H,C,N,O) から構成されるため、電子顕微鏡に用いられる電子線の透過性が良い。そのため、そのまま電子顕微鏡で観察しても、異なる高分子材料間のコントラストが得られにくく、微構造の確認は難しい。高分子の一つである生体系試料は、酢酸ウランやクエン酸鉛等の染色を行い電子顕微鏡で観察されている。これは電子染色法と呼び今日多用される前処理方法である。高分子材料の電子染色には、下表に示す四酸化オスミウム(OsO4) や四酸化ルテニウム(RuO4) などを用いる方法がある。

 この電子染色の一つOsO4 を用いた手法は、1980 年代半ばにE.H.Andrews や加藤嵩一らにより報告されている。OsO4 がABS 樹脂中のポリブタジエン粒子に選択的に結合し、重金属のOs により染色され、ABS 樹脂とポリブタジエン粒子の間にコントラスト差が得られ、高分子材料の微構造の観察が可能となる。

4.原理

 ABS 樹脂のポリブタジエン粒子観察に用いるOsO4 は、不飽和系高分子の炭素二重結合に選択的に結合する。その結合は、付加反応の一つであり、分子の同じ側に繋がるsyn 付加による。 

 OsO4 やRuO4 による染色は、それらが選択的な結合のため異なる高分子材料間のコントラスト差が得られる。通常走査電子顕微鏡(SEM) 及び透過電子顕微鏡(TEM) において、電子線の反射または透過の量は、構成成分の元素により変わる。軽元素であれば、電子の反射量が少なく、透過量が多い。一方、重元素であれば反射量が多く、透過量が少ない。高分子材料の構成元素は主に軽元素であり、構成成分間の差が表れにくい。電子染色により重元素を付加させ、構成成分間の反射及び透過量を変え、内部構造を可視化している。OsO4 やRuO4 による電子染色は、それらの水溶液中に浸漬する液相法と昇華ガスを充満させた容器内に静置する気相法がある。また、OsO4 やRuO4 を用いた電子染色は、酸化による高分子材料の脆化の効果もある。ABS 樹脂中のポリブタジエンは弾性的性質を持つため、TEM 観察に必要な超薄切片の作製を難しくしている。OsO4 による酸化は、この性質を失わせ、超薄切片作製操作を容易にする(固定効果)。

5.観察手法

ABS 樹脂中のポリブタジエン粒子は、大部分が1 μ m 以下のため、従来形態の観察に高分解能であるTEM が用いられてきた。TEM のポリブタジエン粒子観察手順は、①OsO4 による電子染色、②ウルトラミクロトームによる超薄切片の作製、③ TEM の高倍率像観察が一般的とされている。

 しかしながら、薬品の取り扱いや機器の導入コストなど、上記手順に幾つかの課題がある。OsO4 は、毒物及び劇物取締法、PRTR 法、消防法に非該当ながらも、その昇華ガスが目や皮膚に重篤な症状を起こすことが知られており、取り扱いに注意が必要である。また、ウルトラミクロトームやTEM は一般的な前処理装置や分析機器に比べ、イニシャルコストが高額となる。

 この度ユニケミーは密閉系で固体のOsO4 を昇華させ、その昇華ガスを真空下の試料室に導き、試料を染色する装置(フィルジェン㈱製 VSC4TWDH)を導入した。その装置は、上記の課題を一度に解決する。この装置による手法は、試料を比較的安全に染色でき、FE-SEM による観察のため超薄切片試料を作成する必要が無い。手順は、①観察したい試料の断面試料を作成、② OsO4 やRuO4 よる電子染色、③FE-SEM( 日本電子製JSM-7200F) による反射電子像の観察とシンプルになり、前述のウルトラミクロトームとTEM の手順より大幅に工数削減が可能である。

 とりわけ、フィールドエミッションタイプの電子銃を搭載した走査型電子顕微鏡(FE-SEM)は、従来のSEM に比べ空間分解能が飛躍的に向上し、1 μ m 以下の粒子に対しても高精細な観察が可能となった。ABS 樹脂を染色し観察した写真を図.5 に示す。

 数百nm ~ 1 μ m のブタジエン粒子が明瞭に観察されている。試料の形状やABS 樹脂の成型方法により、このブタジエン粒子が球状や潰れた楕円状になる。アンカー効果がめっきの密着性を強固にするとされるABS 樹脂の場合、表層付近のポリブタジエン粒子が潰れた楕円形であれば、アンカー効果が小さくなりめっきの剥離につながる可能性がある。このように、ABS 樹脂のみならずポリマーアロイの内部構造観察は、不良解析や製品開発の手助けになる。

6.まとめ

 電子染色により重金属を選択的に結合させ、高分子材料の内部構造を観察することは、不良解析のみならず、製品開発時の調査にも有用である。当社は、希望箇所の断面試料作成から染色、SEM による観察まで一貫して実施可能である。この気相法による電子染色とFE-SEM による観察手法は、手間のかかる超薄切片試料の作成を必要としないため、ウルトラミクロトーム及びTEM 観察の方法よりリードタイムの短縮とコストの削減に貢献できる。

参考文献

呂戊辰. プラスチック上へのメッキとその密着性. 工業科学雑誌. 1970, 73(1), p.59-64.
松下裕秀, 高野敦志. ミクロ相分離構造. 高分子. 2004, 53(9), p.719-721.
佐野博成, 高山森. 透過型電子顕微鏡による高分子材料の新しい観察法(Deeply Etched Section 法) と応用. 高分子論文集. 1999, 56(10),p.684-692.
加藤嵩一. ABS 樹脂の電子顕微鏡による構造解析. 材料. 1970, 19(197), p.77-83.
小島啓太郎, 細田覚. ポリマーアロイの微構造の電子顕微鏡観察. 電子顕微鏡. 1994, 28(3), p.150-156.
白神昇, 小島啓太郎. 透過電子顕微鏡法―多層系高分子材料の形態観察―. 繊維と工業. 1993, 49(4), p.140-143.
岡村稔. 高分子材料の内部構造観察. SCAS NEWS. 2002, 15(1), p.12-14.
T.W.Graham Solomons, Craig B. Fryhle, ソロモンの新有機化学〔上〕. 池田正澄ほか訳. 第9 版, 廣川書店. 2008, 602p.

Author 彦坂 諒一Ryoichi Hikosaka
Please enter message

記事の内容や分析に関して疑問や質問があればどんなことでもお気軽にお声掛けください。
あなたの口コミをお待ちしております。

は必須項目ですので、必ずご入力ください。

下記リンク先のプライバシーポリシーをお読みいただき、ご同意の上お問い合わせをお願いいたします。

RANKING 人気事例ランキング

TAG LIST

油分赤外分光光度計赤外分光ガスクロEPMAGS/MS尿素JIS K 2247一般廃棄物処理環整95号ごみ質分析危険物判定技報圧縮空気表面観察SEM硬さ古紙パルプ偽装はがき環境リサイクル新聞古紙JIS P 8120染色配合率におい成分コーヒー香り香料加熱脱着法気中の微量成分国際宇宙ステーションISS宇宙飛行士飲料水水パックヨウ素種子島宇宙センター宇宙ステーション補給機こうのとりHTVH2Bグリーン購入法信頼性確保PET特定調達物品森林認証材間伐材軟水硬水おいしい水硬度キレート滴定EDTA金属イオン誘導結合プラズマICP健康マイクロスコープ形態観察ハイダイナミックレンジHDR深度合成金属組織組織エッチング金属組織観察研磨琢磨ダイヤモンドフェノールエポキシアクリル低周波音騒音1Hz-100Hz物的影響周波数補正特性G特性SLOW特性動特性かおりガスクロマトグラフ悪臭物質大気リフラクトリーセラミックファイバーRCF作業環境測定労働安全衛生法総繊維数分散染色法位相差顕微鏡炭素硫黄CS計赤外線吸光法燃焼鉄鋼高周波炉管状炉非鉄金属セラミックFT-IR材質判定ゴム樹脂異物の判定構造解析非破壊微小物の分析マッピングイメージング元素分析元素組成窒素定量フリッツ プレーグルCHS計水素窒素組成式コークス類材料分析試料汚染定性分析試料採取微小試料XRDWDX特性X線波長分散分光法エネルギー分散分光法EDXFE電子銃エネルギー分解能熱分析TG-DTADSC酸化融解結晶化ガラス転移吸熱発熱前処理ボイド塗装プラスチック車両塗装顕微鏡SEM-EDX土壌汚染対策法改正土壌土壌汚染土壌汚染状況調査健康被害形質変更時届出区域土壌環境清浄度JIS B 8392清浄等級同体粒子パーティクルカウンター圧力露点オイルミストオイル蒸気微生物汚染物質イオンミリング前処理装置高倍率観察微小分析断面作製結晶コントラスト面分析油分分析ノルマルヘキサン油含有土壌TPH試験脱脂効果GC-FID四塩化炭素トリクロロトリフルオロエタンAESXPSSIMSTOF-SIMS電子線X線イオン定量分析硬さ試験ビッカースロックウェル鉛筆法モース静的硬さ圧痕動的硬さ引っかき硬さ有機分析炭化水素計法全有機体炭素計元素分析計法フーリエ変換赤外分光分析HPLCLC/MS塗料品密着性耐摩擦性JIS K 5600JIS S 6006揮発性有機化合物VOC希釈質量分析法JIS K 0125メスフラスコクロロエチレン揮散第4類引火性液体危険物確認試験特殊引火物第一から第四石油類引火点アルコール類危険物データベース登録安全データシートSDS表面分析水道器機浸出試験日本水道協会規格JWWA Z 108JIS S 3200-7亜鉛カドニウム六価クロムフェノール類環境大気吟醸香かおり風景100選HS-GC/MS悪臭防止法熱分解GC/MS排ガス空気分析TD-GC/MS有機化合物付着油分脱脂洗浄表面不良試料分解法溶解加圧酸分解マイクロ波酸分解常圧酸分解るつぼJIS B 8392-1固体粒子測定ダイオキシン環境教育作業環境教育技術指導教育コンサルティングSTA 2500 Regulus受託分析ペーパーレスミクロの傑視展速報分析結果SEM写真電子染色ブタジエンABS樹脂樹脂めっき品オスミウム染色ラボタオル吸水度

CONTACT

生産・製造のトラブルでお困りの方、分析のご相談は
お気軽にお問い合わせください。

Pagetop