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床振動測定のFFT 周波数解析 -性能発揮と予防保全につながる精密機械の設置前調査-

1.はじめに

近年、人が感知できないほど微細な振動測定の相談が増えている。依頼元は官民研究機関、各種メーカーの製品加工室・検査室・品質管理室、理化学分析機関など、いずれもみな高精度な加工、計測、試験、観察などを行う事業体である。

次世代半導体やゲノム編集に代表される産業技術がナノ(n:10-9)からピコ(p:10-12)のレベルとなり、加工機や計測機などもそれに見合う高精度化が進んでいる。それに伴い、機械性能に影響を与えない低振動な設置環境が求められるようになった。高精度な動作を必要とする装置のほとんどは、メーカー指定の設置環境条件があり、設置場所の床振動の事前評価が性能発揮の観点からも重要である。

この床振動の測定の際用いられる解析手法の一つが、高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform:FFT)による周波数解析である。

本稿では、電子顕微鏡やリソグラフィー装置など高精度機械の設置条件となる床振動のFFT周波数解析について解説する。

2.周波数解析の手法

2-1.フーリエ変換

音や光は、波の性質があり、周波数等が異なる波の集合である。周波数解析は、その集合波を周波数成分に分解し、振幅※1に代表される波の特性を求める手法をいう。その代表が、19世紀にフランスの数学者ジョゼフ・フーリエによって提唱されたフーリエ変換(Fourier Transform:FT)である。

※1 振動の中心から最大の変化幅(振動の大きさを示す値)

FTを用いた周波数解析の概念図を図1に表す。

図1  FT を用いた周波数解析の概念図 1)

2-2.離散フーリエ変換

振動や音声の波は、時間に連続的な信号(アナログ信号)として計測される。しかし、コンピューターはアナログ信号を処理できないため、ある時間間隔で標本を取り離散的な信号(デジタル信号)に変換、つまりAD変換(analog-to-digital conversion)してから取り込む。(図2)

図2 連続的信号から離散的信号への変換 2)

前述のFTは連続的な信号の解析に適用する。離散的な信号の場合離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform:DFT)を用いる。しかし、DFTによる解析は、解析点数の2乗の複素数演算が必要となり、点数の増加に伴い膨大な演算回数(1,024点のデータに対して1,048,576回)と時間を要する 3) 4)。そのため、振動や騒音などデータ点数の多い測定の解析に適さない。

2-3.FFT

DFTを高速で処理するためのアルゴリズム(計算手法)が1965年にJ.W.CooleyとJ.W.Tukeyによって発表されたFFT(Cooley- Tukey型FFT)である。DFTの指数性と周期性を利用して、演算回数の大幅な削減(1,024点のデータに対して5,120回)を可能とした。3)

LSI(集積回路)の飛躍的な向上も相まってコンピューターの演算時間がきわめて速くなり、近年リアルタイムでの解析が可能となっている。振動や騒音のほか音響や映像など様々な媒体のデータ処理にFFTが用いられている。

3.FFT周波数解析の評価方法

3-1.メーカー基準

振動のFFT周波数解析は、半導体工場クリーンルームの微振動、生活環境としての建築物の居室や共用空間、加工設備設置前後の周辺環境への影響調査、除震対策・防振対策の効果検証など様々なケースで利用される。そして周波数解析で得られたデータの評価方法、評価基準はケースにより異なる。

高精度の機械設置に係る事前調査の場合も同様で、機械の種類により評価基準が異なる。観察用の試験機器を例に挙げると、一般的な試験室に設置されている光学顕微鏡と、数百万倍以上の倍率での撮像が要求される透過型電子顕微鏡(TEM)では、必要とされる設置環境が異なるのは想像に難くない。

通常であれば、振動に敏感な機械にはメーカーが振動の許容基準を設けている。許容基準は機械の種類ごとに個別設定される。それは周波数解析で得られる以下3つのパラメーターから選定し、定められる。

①変位  振動の幅(距離)〔m〕

②速度  単位時間あたりの変位量〔m/s〕

③加速度 単位時間あたりの速度の変化量〔m/s2

評価は、設置予定地で振動を測定し周波数解析を行い、メーカー許容基準と比較して機械設置の可否を判断する。基準を適合しない場合、床に除振対策を施す、別の設置場所を検討するなどの対応を取る。

図3 VC 曲線5) 
(注)図はEvolving criteria for research facilities: I – Vibration
(2005)Figure3 を和訳し一部を転載

3-2.振動基準(VC曲線)

機器メーカーの設置許容基準が設けられていない、もしくは製品の選定にまだ至らない場合、VC(Vibration Criterion:振動基準)曲線と比較する方法がある。VC曲線は1980年代にアメリカのEric UngarとColin Gordonらによって開発された基準である。元々半導体産業を念頭においた基準であったが、現在では広範囲に活用されている。

図3にVC曲線を示す。VC-AからVC-Gまで周波数(横軸)ごとに速度基準値(縦軸)が設けられている。

表1にそれぞれの基準曲線の解説を示す。基準曲線により用途が異なるのが分かる。

評価はメーカー基準と同様に解析結果を基準曲線と対比して判定する。

表1 振動基準(VC)曲線の適用と解説5)
(注)表はEvolving criteria for research facilities: I – Vibration(2005)Table2 を和訳し一部を転載

4.設置前調査の例

4-1.模擬調査

当社試験室の一地点をモデルに振動測定および周波数解析を実施した。

その試験室に機械の新規導入予定はないが、振動の現況を把握して設置可能な機械を選定する模擬調査を試みた。測定機材は、写真1の3方向振動ピックアップ、振動レベル計、データレコーダーを使用する。なお当社機材はVC-Eまでの基準を確認出来る性能を有しており、低周波、低振動の環境測定にも対応可能である。

写真1 測定状況

4-2.調査結果

振動測定結果を図4に、周波数解析結果を図5および表2に示す。測定によって得た水平2方向(X、Y)と垂直方向(Z)の振動波形は集合波であり、振動波の特性が得られない。この波形をFFTにより周波数解析を行うと、周波数ごとの変位、速度、加速度のスペクトルを得る。

図4 振動波形
図5 周波数スペクトル 
表2 周波数解析結果(最大速度)

モデルにした試験室は、スペクトルから判断すると主に交通振動そしてロータリーポンプや冷却器など既設の室内設備が源と推定される振動が認められた。前者は10 Hz付近の振動、後者は30 Hz付近および 60 Hz付近の振動となっている。

最大速度は、垂直方向の周波数59.8Hzの8.9 μm/sである。これを図3および表1と比較するとVC-C(最大速度レベル12.5 μm/s)に該当する。VCの解説によれば、VC-Cは1000倍までの光学顕微鏡や中程度の感度を持つ電子顕微鏡などに適するとある。一方VC-D(最大速度レベル6.25 μm/s)以上、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)などに適切でない。従ってモデルにした試験室は、光学顕微鏡の設置と使用に問題がないが、透過型電子顕微鏡の場合振動の影響から問題を生じ得ると判断される。つまりその試験室は、VC-AからVC-Cの要求環境があまり厳格でない機械の導入が適当である。仮にVC-DからVC-Eクラスの機械を導入する場合、基準に適合するよう除振対策を行う必要がある。

上掲の模擬調査は汎用基準による判断である。現実には導入予定の機械が予め決まっているはずなので、その機械メーカーの基準を適用する。製品の選定にまだ至らない場合にのみ、VCを指標とするのが良い。

5.おわりに

床振動測定のFFT周波数解析手法について解説した。機械導入前の精査により、導入後の障害発生のリスクを抑えられ、高精度機械の機能が十分に発揮され予防保全への寄与も期待できる。そして障害が無いと事前に確認できていれば、精度低下等の問題が発生した際に床振動を原因から排除できて、検証工数の短縮にも繋がる。

またFFT周波数解析は、紹介した機能発揮が目的の床振動だけでなく、機械の予知保全を目的とした計測も可能である。回転運動を伴う機械に小型の検出器を取り付けて常時監視を行えば、ベアリングの異常摩耗やシャフト変形、ローターのアンバランス等により発生する異常な振動をいち早く検出し故障拡大を防止できる。

当社のFFT周波数解析技術が、精密機械の性能に影響する環境リスクの発見と排除、機械の精度維持につながれば幸いである。

参考資料

1) NTi Audio AG.ニュース:FFTの基礎と音響・振動測定への応用,Part 1:基礎編. 2017-02-21. https://www.nti-audio.com/ja/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/lets-clear-up-some-things-about-fft-part-1,(参照 2024-06-06).
2) ケイエルブイ.KLV大学 光センサーコース:周波数解析におけるフーリエ変換,4.フーリエ変換の種類
 https://www.klv.co.jp/corner/fft-in-freq-analysis.html(参照 2024-06-16)
3) 河田 聡, 南 茂夫. 科学計測のためのデータ処理入門. CQ出版社, 2002, p.39-44.
4) 城戸 健一. FFTアナライザ活用マニュアル. 日本プラントメンテナンス協会, 1984, p.1-40.
5) Hal Amick, Michael Gendreau, Todd Busch, Colin Gordon.Evolving criteria for research facilities: I – Vibration,
https://www.researchgate.net/publication/327531019_Evolving_criteria_for_research_facilities_I-Vibration,(参照 2024-06-12).

Author 大森 邦弘
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