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人とビフィズス菌の共生関係
1.はじめに
昨年からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行により私達の生活は様変わりしました。マスクを付け、手指をアルコール消毒し予防を徹底する日々が続いています。コロナに限らず風邪やインフルエンザなど様々な病原体の感染防止には、自身の免疫力を高め、感染リスクを下げることも有効です。腸内環境を整えれば、免疫力の高まる効果があると知られています。そこで、本稿は免疫に大きく関わる腸内細菌叢、特に人に有益な作用をもたらす善玉菌の筆頭であるビフィズス菌と人の共生関係を紹介します。筆者は現在作業環境測定を担当していますが、学生時代微生物の遺伝子工学を専攻し大学の研究室で細菌培養を行う毎日でしたので、ビフィズス菌に並々ならぬ思いがあります。この機会に、ビフィズス菌の重要性を知っていただき、皆さんの身体の健康意識を高めるためお役に立つのであれば幸いです。
2.ビフィズス菌とは
<腸内に棲む細菌>
人体の腸に、体内の免疫細胞の60%以上が存在します。脳に次いで神経細胞が多く存在するため「第二の脳」ともいわれ、腸は食べ物の消化吸収、排泄、免疫
機能を担います。腸に生息する細菌群を腸内細菌叢といいます。腸内細菌叢は約100 兆個、数100 種類の細菌が生息し、重量に換算すると1kgにも及ぶといわれます。腸内細菌は一般的に前述の善玉菌、有害な作用をもたらす悪玉菌、悪玉菌にも善玉菌にもなりうる日和見菌の3 つに大別されます。健康な人の腸内細菌叢は、善玉菌、悪玉菌、日和見菌の構成比が2 対1 対7 とされますが、日々摂取する食物やストレスの状況により量が変動します。善玉菌の割合の維持は、健康状態の維持につながります。人の腸内に生息するその善玉菌のうち、99%以上がビフィズス菌です。
<ビフィズス菌の作用>
ビフィズス菌は、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium) 属の細菌の総称です。酸素を必要とせず一定割合以上の酸素が存在すれば発育できない偏性嫌気性菌に分類され、約50 種が確認されています。“Bifid(ビフィド)” がラテン語で「ふた股」を意味するため、“Y” の字のように二股の形のビフィズス菌は、ビフィドバクテリウムと呼ばれます。1899 年にパスツール研究所のH.Tissier が乳児の便から発見した細菌で、通常数百~ 1 兆個が腸内、主として大腸に生息します。ビフィズス菌は、乳酸を作り出すため乳酸菌の一種ですが、他の乳酸菌と違い、酢酸も生成するため出血性大腸菌O157 の腸内増殖を抑える作用も報告されています。
ビフィズス菌の代表的な作用を次に示します。
(1) 整腸作用(ビフィズス菌が産生する乳酸や酢酸が腸を刺激することによる蠕動運動の活発化および腸の粘膜の保護、糞便中の腐敗産物の減少)
(2) 殺菌作用(強い殺菌力を有する酢酸による悪玉菌の増殖抑制)
(3) 血中脂質改善作用(脂質代謝に関連する遺伝子発現を調節することによるコレステロール値の低下効果等) (4) ビタミンB 群の産生
(5) 抗腫瘍作用
(6) 免疫調節作用(ヘルパーT 細胞Th1/Th2 のバランスの改善等)
(7) インフルエンザウィルスやノロウィルス等に対する感染防御作用
<ビフィズス菌など善玉菌の活用>
上記のような体に有益な働きをする微生物をプロバイオティクス、オリゴ糖や食物繊維のように善玉菌の増殖を促す食品成分をプレバイオティクス、その両方を一緒に摂取することをシンバイオティクスと呼び、腸内環境を整える方法として注目されています。
3.人とビフィズス菌の共生関係
<無菌状態から共生へ>
人は、胎児の期間無菌状態であり、出生してから腸内細菌叢の形成を始めます。腸内細菌叢は、母乳で育てられた乳児の場合出生後1週間程度でビフィズス菌が優勢となり、その占有率が99%に到達します。離乳期以降日々の食事の摂取に伴い加齢と共に腸内細菌叢は、ビフィズス菌占有率が下がることが分かっています(図2)。図が示すとおり、離乳期に入る前がビフィズス菌数のピークであり、新たに生まれてきた人がビフィズス菌と共生する起点です。一方、人工乳で育てられた出生一週間程度の新生児は、ビフィズス菌の腸内占有率が90%程度といわれ、下痢や感染症が母乳栄養児よりも比較的多いとの報告もあり、その差の原因が何にあるか長い間研究されています。
<共生の鍵 – ヒトミルクオリゴ糖- >
近年の研究により人の母乳は、ビフィズス菌だけを特異的に増殖させるヒトミルクオリゴ糖(HMOs)を含むと分かってきました。人の母乳は、約7%の糖質を含みますが、そのうち80%が乳糖(ラクトース)、残りの約20%がミルクオリゴ糖つまり130 種類以上から成るオリゴ糖群です。そのオリゴ糖を、特にヒトミルクオリゴ糖と呼びます。
ヒトミルクオリゴ糖は糖が複雑に連なった三糖以上の構造をしており、約90 種類の構造が現在解明されています。大半のミルクオリゴ糖は、ガラクトース、グルコース、N- アセチルグルコサミンなど単糖類から骨格を構成し、フコースやシアル酸などを付加しています。特に二糖類のラクト-N- ビオース(LNB)糖鎖を含みヒトミルクオリゴ糖の主成分であるラクト-N- テトラオースは、霊長類を除きほとんど検出された例がありません。
一部の類人猿乳からも検出が確認されているものの、LNB を含むオリゴ糖を主成分とするミルクオリゴ糖組成は、人固有の特徴であり、後述の人とビフィ
ズス菌の共進化の可能性を示す一例と考えられています。(図3)
人は、自ら母乳中にオリゴ糖を作れますが、分解する酵素がないため、代謝できません。一方ビフィズス菌は、そのオリゴ糖の構成成分LNB の分解酵素があります。更にガラクト-N- ビオース(GNB)は、腸管粘膜から分泌される粘液の主成分に含まれる糖鎖の一部ですが、その分解酵素もビフィズス菌にあります。
そのためビフィズス菌は、それらに由来するGNB/LNB 経路と呼ぶ代謝経路を用いヒトミルクオリゴ糖のLNB をエネルギー源に増殖可能です。この代謝経路は、ビフィズス菌以外の微生物からほとんど見つかっていません。従って人の母乳中のLNB を含むヒトミルクオリゴ糖は、ビフィズス菌を特異的に増殖させます。つまり他の菌が代謝できないオリゴ糖を母乳が含むため、乳児の腸内菌叢はビフィズス菌が増殖し優勢となります。そのためビフィズス菌は、母乳栄養児の生後一週間程度で腸内細菌叢の99%以上を占め、母乳中の他成分と共に宿主である人の免疫系の成長に寄与します。このことから、人が特異的にビフィズス菌を育て、ビフィズス菌は宿主である人の健康効果をもたらす共生関係を成すといわれます。(図4)
(注)代謝は、食物などを外から取り入れ、エネルギーとしたり細胞などの物質を作る等の過程を言います。
<家族との腸内細菌叢の相関>
さて、新生児の腸内細菌叢は母親の腸内細菌叢を引き継ぐと分かっています(母子伝播)。子宮の中にいる時は無菌状態ですが、新生児が産道を通る際に母親の体液を口に含む等により細菌が受け継がれ、腸内に定着することが通説となっています。また、最近の乳業メーカーの研究は、浴槽水を介して家族間の細菌叢の伝播も報告しています。一個人だけでなく母子・家族間で細菌を受け継ぎ、世代を超えてビフィズス菌と共生するといえます。
4.まとめ
現在までに報告されている人とビフィズス菌の共生について紹介しました。いまだに未知な部分が多いですが、人はビフィズス菌と密接な関係にあり、健康を維持するためビフィズス菌との共生が大切です。残念ながら、ヨーグルトなどのプロバイオティクスを摂取しても、ビフィズス菌が必ず腸内に定着すると言えません。すでに存在するビフィズス菌を含む腸内細菌叢は、個々違うため、自分に合ったシンバイオティクスを食事に取り入れるのが健康的な生活につながります。最近は、ビフィズス菌の菌種レベルの割合チェックサービスや腸内細菌全般の割合、菌の多様性を調べられる診察サービスもあります。ご参考になればと思います。
[参考資料]
1) 光岡知足. 腸内菌叢研究の歩み, 腸内細菌学雑誌. 2011, 25(2), p.113-124.
2) 日本乳酸菌学会. 乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス. 京都大学学術出版会. 2010. 668p.
3) 浦島匡. ヒトミルクオリゴ糖の生理作用. ミルクサイエンス. 2008, 56(4), p.155-176.
4) 日高将文. ビフィズス菌のヒトミルクオリゴ糖分解に関わるホスホリラーゼの結晶構造. PF ニュース. 2009, 27(2), p.18-21.
5) 北岡本光. ヒトミルクオリゴ糖によるビフィズス菌増殖促進作用の分子機構. ミルクサイエンス. 2012. 61(2), p.115-124.
6) 森永乳業. 腸内細菌はどこから来るのか?入浴習慣が家族間で腸内フローラの伝播に関与. 2019. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000299.000021580.html(, 参照2020-11-18)
7) 片山高嶺. ヒトミルクオリゴ糖と乳児型ビフィズス菌, 共生と共進化. ミルクサイエンス. 2015, 64(3), p.237-244.
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